照守皐月

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108の煩悩ではなく、108の後悔がある。

あなたに思いを伝えらなかったこと、そのままあなたが死んでしまったこと、死にゆくことは分かっていたのに止めようとすらしなかったこと。

あなたと出会ったのは四月の頭で、部署異動に伴ったものであった。たまたま同じ部署になっただけの間柄ということにしたい。でも、運命的な何かというべきなのだろうか。わたしはあなたに惹かれていた。

わたしには大まかな人の死期が分かる。あなたの死期を知ってなお、わたしはあなたに絡み続けた。それが自らの首を絞めるとも知らずに。年の瀬、あなたは自ら首を吊って死ぬ。それが、確定された運命。

せめて死ぬまで幸せでいてほしい、というのはわたしのエゴだったのだろうか。

今となっては分からない。全ては終わったあとで、それが再起することはなく、ともすれば思い出そうとすらしないのかもしれない。個人的には思い出さないのだろうと思う。死の間際のあなたの顔と思いを浮かべるたびに苦しくなるから。中途半端に期待を抱かせるべきじゃなかった。年度末に「また来年!」と笑うあなたはどんな気持ちだったのか、わたしには到底分からない。

春の花見、夏の心霊スポット巡り、秋の紅葉狩り、冬のあなたの死に顔。全部鮮明に覚えてる。思い出したくなくても思い出されるそれにわたしは苦しむ。

もう、苦しみたくないから。

薬剤の過剰摂取──つまるところのオーバードーズ──による中毒死。手軽にできる自殺のひとつ。もう実行してしまっていて、頭がぐわんぐわんと揺れる。脳が掻き混ぜられる感覚。歩んできたこれまでと、歩むはずだったこれからがシャッフルされる。

「また来年!」

あなたの声が聞こえた気がした。恐らくは幻聴。あるいはあなたを諦めきれないわたしが生み出した錯覚。

年の瀬に、わたしとあなたは死ぬ。互いに後悔と絶望などの負の感情を抱きながら消える。

刹那、除夜の鐘が鳴った。

人生最期の音は皮肉にも、後悔や欲望を浄化する聖なる音で、エゴを押し通したわたしにとっては不適切すぎるものだった。

「108」
作・照守皐月/teruteru_5

1/1/2025, 9:19:31 AM