月森

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 リビングでつけっぱなしになっているテレビが、昨夜の人身事故のニュースを伝えていた。

「何言ってるんだよ、誰もいないじゃないか」
 伴侶の視線を追って振り向いても、そこに人の姿はない。僕はこの手の話がとても苦手だ。子供の頃から、心霊番組を見ただけで腹痛を起こす体質なのだ。
「いるじゃあないの。ほら、そこに」
「だからやめ…」
 伴侶が指さしたのは、僕の足元だった。見れば、黒猫がちょこんと座している。
「野良猫?拾ってくるなら連絡してよ。うち、ドッグフードしかないんだから」
「え?あ、ああ…」
 気付かなかった。本当に気付かなかった。友人の家からの帰り道のどこかでついてきたのだろうが、全く気配を感じなかった。僕が初めて視線をやると、猫は「にゃあ」と目を細めて鳴いた。伴侶が無遠慮に撫でても、猫は大人しくしていた。ずいぶん人馴れしているようだ。迷い猫かもしれない。
「迷子ちゃんかもね。とりあえず保護して、飼い主さん探してみようか」
「…そうだね」

 風呂とご飯を済ますと、僕は一息ついた。猫はまるで僕が飼い主であるかのように、傍に寄り添ってくる。僕が歩けば歩き、止まれば止まる。片時も離れまいとしているようだ。とても甘えん坊…いや、寂しがりなのかもしれない。
「お前の名前はなんて言うんだ?」
 猫が名乗れるはずもないのに、僕は尋ねる。
「たま?」
「にゃあ」
「くろ?」
「にゃあ」
「ムギ?」
「にゃあ」
 どんな名前を出しても、猫は目を細めて鳴くだけだった。しかし、僕が巫山戯て友人の名前を呼んだ時だけ「……ニャア」と、困ったような、照れくさいような、今までと少し違うトーンで鳴いた気がした。

 猫を相手に他愛のない話をしながら、ダラダラ過ごしていると、あっという間に日が傾いた。取り込んだ洗濯物を畳んでいると、唐突に睡魔がやってくる。昨日の疲れもあり、どうにも抗えない僕は、洗濯物を放棄し机に突っ伏した。重くなっていく瞼が閉じる直前に見えたのは、僕を安らかな瞳で見つめる黒猫の姿…

「ただいま〜」
 ハッとして目が覚める。同窓会に行っていた伴侶が帰って来たようだ。僕は寝ぼけ眼で出迎えにいこうとした。しかしその時、あの猫がどこにもいないことに気付いた。
「あれ?あの子は…」
 周りを見渡しても爆睡している愛犬しか見当たらない。
「何探してるの?」
 いつの間にか伴侶はリビングにいた。
「猫だよ。今日拾ってきた。うたた寝してる間にどこか行っちゃったみたい。一緒に探して…」
「猫って、何の話?」
「迷子の黒猫だよ。君が出かける前に、飼い主を探してやろうって話してただろ?」
「え?そんな話してないよ」
「…え?」
 僕は慌ててリビングの隅のペットショップの袋を確認した。今日買ってきた猫の餌が入っているはずだ。しかし、中には犬の餌しか入っていなかった。リビングのマットにコロコロをかけても黒い猫毛は一本もつかなかった。
「夢でも見てたんじゃないの?」伴侶に言われて、そうかもしれないと思ったが、さてどこからが夢だったのか。その時、僕のスマホにLINE通知が入った。

3/15/2023, 9:29:03 AM