何年前かの今頃はもう少し咲いてたかも。随分前にも感じられる微かな記憶を頼りに歩く桜道。
おはよ。と短く一言挨拶してから5cmほど空けて隣に座る彼。そのわずかな距離がもどかしくて私は更に端に寄る。特別話すような事もないしいつものように20分ほど電車に揺られた。
「俺さ、新しい通学路開拓したんだー」
自転車登校のくせに私の隣で自転車を押す彼は優しいのかなんなのか。
「あっそ、チャリ通なんだから先に行ってていーよ」
「うーわ、つれねー。いーから一緒に行くぞ」
電車とは違って静まり返った早朝の街は私たちの声がよく響く。始発だと登校する学生も多くはない。他愛もない話であーでもないこーでもないと言い合っては近づいて離れてを繰り返した。
学生ながら曖昧に濁した私たちの関係。はっきり言葉にしたことはないけれど、友達の域を少しだけ行ったり来たりしている。
「ここ、左だから」
「あーはいはい。あ、見て見て、鳥さん鳥さん!」
「川で休む鳥に興奮するなんてガキかよ笑」
「成人してないから私たちはガキだよ、バーカ」
どついてやったはいいけれど、その反動か、また少しだけ離れて歩いた。
坂道に差し掛かると、少し奥に踏切があって、まるでジブリの世界に迷い込んだようなレトロだけど心躍るような雰囲気が漂っていた。満開を迎え、少しずつ散り始めた桜が目に入ると私は思わず走り出した。
「おい、転ぶなよ!」
そんな声も聞こえまいと遮断機の手前まで一気に走った。息が切れても楽しくて私はつい笑みを零した。
「こっち見て」
そう言われて振り返ると、彼は確かに私を捉えてシャッターを切った。満足気にスマホを眺めて私を愛おしそうに見つめる瞳に少しだけ目を逸らしてしまった。
「あのさ、俺たち…」
「そういえば!彼女とデートでも行って来なよ?アンタの可愛い彼女は寂しそうにしてるんだからさー」
彼は少しだけ困ったような顔をしてポケットにスマホをしまった。彼の中の特別でありたかったから写真を消してとは言えなかった。それでも私たちはこの一線を越えてはいけない関係だった。
何年前かに親友の彼氏と歩いた坂道。先日の雨のせいか、あの頃よりは花も落ち、真っ黒な地面からコケの匂いが上ってくる。消せなかった思い出と彼の連絡先。越えられなかったあの境界線も花のように散ってしまえば、なんて今でもなおたまに思い出すのである。
題材「桜散る」
4/17/2026, 11:46:37 PM