Luca

Open App

長年使い込まれた色をした机の上に光が差していた。
誰もいない放課後の教室、窓際の席。
机に差した光は机の色しか返さないはずなのに穏やかな茜色をそこから感じ取れるのは何故だろうか。
そんな役体もないことを考えながら視線を窓の外に向ける。3階の教室から見える景色は道路とその先に広がる住宅街。田舎の学校ということもあり学校の敷地内の緑、景観保持のための植樹、子どもたちがまさに帰ろうとしている公園の緑が目に入る。空は先ほど光から感じ取れた茜色とはまた一味違う、オレンジと紫と青のグラデーション。やはり先程の光から感じた温度は錯覚らしい。人間の感覚はなんと当てにならないことか。
開け放たれた窓から涼しい空気の奔流が僕の体に向かってくる。夏とはいえ9月にもなると逢魔時は心地よく涼しいものだ。
三週間前の足の骨折で松葉杖生活になって以来、迎えを待つ間教室で1人で過ごす時間が増えた。普段は怪我をしていても部活動に赴いているが、テスト期間に入って以来はこうして教室で1人本を読んでいることが多い。
物語は素晴らしい、自分をここではないどこかへ連れて行ってくれる、そんな気がするから。
どれだけ練習しても上手くならない野球、そんな野球中に怪我をしてしまい、これまでの練習の成果が泡と消えていくことをまざまざと見せつけてくる細ったふくらはぎ。そんな不安からこの一時は解放されるような気がしていた。
教室のスピーカーから家路が流れる。そろそろ親が迎えにくる時間だ。荷物をカバンにしまっていつでも帰れる準備を整えたが席は立たない。何故ならもうじき、、、

ガラッと引き戸が開け放たれる音。同時に華のような、果実のような、そしてどこか石鹸のような優しい匂いが風に乗って運ばれてきた。目を向けなくともわかる、いつものように彼女がそこにいた。
目が合うと彼女は笑うでもなく、声を発するでもなく、ただゆったりとした足取りで近づいてきて、僕の前の席の窓ベリに腰掛けた。
彼女は一言も話さない、僕も話さない。だけども満たされた一つの世界がその教室にはあった。我が身の不幸からくる不安、きっかけや原因なんてない漠然とした不安、高校生らしい青臭い不安もその時だけは世界の片隅に押しやることができた。
物語からでは得られないこの充実感、この感情の名前はなんなのかをなんとなくは理解している。けれど意図的に考えないように、形を与えないようにして今を大切にしたいと思った。
怪我をして悪いことばかりじゃなかったなと、ここ数週間に何度も思ったことを改めて考えながら、カーテンの奥に見え隠れする彼女の横顔を眺めていた。

10/11/2023, 3:30:54 PM