穴の底から見上げる月はとても明るく、綺麗だった。
ある日、可愛いらしい女の子が覗き込み、僕に向かって「何でそこにいるの?」と声を掛けてきた。
僕は考えてみたけど分からなかったので「分からない。生まれた時からここに居るから」と答えた。
「おいでよ」
そう言われて初めて、穴の外を意識した。
月を掴むように、女の子のそばかすを数えるように、上を見上げながら、ゆっくりと穴の壁面に足と手をかけ登る。
目だけ覗かせて見た穴の外の世界は、月明かりに照らされながら、緑と花々が風に揺れとても良い匂いがした。
柔らかな風に包まれながら緑の中に立つ。胸がどきどきする。生まれて初めて感じた感覚に身体がついていかない。何をどうしたら良いのだろう。
その時、女の子の後ろから巨大な黒い影が、何かを僕に向かって撃った。
大きな破裂音と共に、僕の左足をかすめ血が吹き出す。
僕は恐怖で穴の底に飛び降りた。
見上げる。ギラギラと光る目が二つ覗き込んだ。
穴の外はなんて恐ろしい世界だろうか。
僕はここが良い。この穴の底から見上げる月ほど美しいものは無い。
始めから穴の底にいる者は「其処に」安堵を覚える。
題:静寂に包まれた部屋
9/29/2024, 3:11:38 PM