舞輝薇

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「っはぁ、はぁ、はぁ、はぁっ……んもう、雨降るだなんて聞いてないよ〜!何でいきなりこんな…あ」

学校からの帰り道、突然雨に降られた私は小さい頃よく遊んでいた公園へ飛び込んだ。
ここには屋根付きの大きいベンチがあるのだ。

…と、ここまではいいのだけど。
ベンチにドカっと座った直後、隣に誰かいることに気がついた。

え、今の独り言聞かれた?
ていうか、ここに来る時は誰も居なかったと思うんだけど…なんで⁉︎

「え、あの…ずっとここに座ってましたか…?」

パニックになりながらもとりあえず聞いてみる。

「お、おれの…」

「はい?」

「俺のことが見えるの⁉︎」

隣に座っていた男の人は長い前髪を振り回しながら喜び、いきなり私の両手を握ったかと思えばキラキラした目でこちらを見つめてくる。

「え、いや…あの、はい。え、見えるって何…?」

「俺ゆーれいなんだよ!今まで誰も俺に気づいてくんなくてさぁ…!まじ寂しかったんだよぉ!」

話を聞いてみると、彼はどうやら完全体な幽霊ではないらしい。
つまり、まだどこかで彼の本体は生きていて今も生死を彷徨っている最中…なのだとか。

「え、じゃあ髪と服がボロボロなのはなぜ…?」

「それ俺にもよくわかんないんだけど、なんかまだ死んでねーから綺麗なカッコはさせられません‼︎だってよ。意味わかんなくない?おかげで髪もこんな伸びきってボサボサよ…」

「あぁ、うん…確かにボサボサですよね…」

「…なぁ、そんな堅苦しく話すのやめてよ〜。俺らタメだぜ?」

「……は?なんでわかるんですか」

「俺さぁ、あんたが今着てる制服の学校に転校する予定だったわけよ。そんでこっちに越してきたんだけどすぐに事故ったらしくてさ」

「私の学年はどこでわかったの…?」

「そのチラッと見えてる上履きだよ。あんたんとこ、学年によって色違ぇんだろ?俺も同じ緑の上履き用意してたわ」

「あぁ、そういうこと…ですか」

彼の言ってることはある程度理解できた。
しかし全てを信じているわけではない。
だっておかしいでしょ、こんないきなり生死を彷徨ってるとか幽霊とかなんとか言われても…。
あ、でも先週のホームルームで転校生がなんとかって話してたな。

(こいつのことか…?)

だけど雨が止むまでは彼のお喋りに付き合うことにする。
ここに来るまでもかなり濡れてしまっていたし、これ以上走るのは御免だったからだ。

「でさぁ、その時あいつなんて言ったと思う?俺の顔を見るや否や…って聞いてる?…あれ、なんかあんた濡れてない?」

「は?今更?こんなに雨降ってるんだから当たり前じゃ…って、あれ」

彼が延々と話しているだけだったが、いつの間にか楽しくなってしまい雨が止んでいることに気づかなかったようだ。

「あ、虹!虹出てるよ!ほら見て!」

彼が勢いよく空を指差す。
確かにそこには綺麗な虹がかかっていた。

「ほんとだ…綺麗」

ふと横を見ると、彼の身体が透けてきている。
そのことに彼自身も気がついたようで、慌てて口を開きこう言った。

「俺マサヤってんだ!あんたは?あ、いややっぱいいや、もう時間ねぇみたいだから。これやるよ」

「え、何こ」

「さっきそこで拾ったヘアピン!誰のかは知らねぇけど、あんたと逢えた証拠だからまた会えるまで取っといて!じゃあな!」

私の言葉を遮って捲し立てた彼は、そのまま姿を消した。

「なんだったんだろ…まさや、か。また会えるまでってどういうこと…?」

彼は『生死を彷徨っている』と話していた。
つまり生き返ったか、或いは…。
いやまぁ、本当のことかもわからないしね…。

ほんの少しの寂しさと密かな期待を胸に抱いたまま家路についた金曜日。
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不思議な出来事から1ヶ月が経っていた。
朝のホームルームが始まる頃、少し遅れて教室にやってきた担任は開口一番にこう言った。

「前に話した転校生、覚えてますか?今日からこの学校でみんなと過ごすお友達を紹介します。どうぞ入ってきて」

ドクン

心臓が跳ねる音がした。
もしかしたら、あの時の…。

扉の向こうから入ってきた人物は、教室をざっと見回すとこちらへ向かって歩いてきた。

先生が彼に向かって何か言っているが、今の私には何も聞こえてこない。

私も彼も、目を合わせたまま逸らせずにいた。
そして目の前で立ち止まった彼が口を開いた。

「俺、ヘアピン無くしたんだけどあんた知らない?」

ずっとポケットに入れていたヘアピンを取り出し私も答える。

「これ…?でも私にくれたんじゃなかったの?」

「あぁ、そうだったわ。もうあんたのものだね。ところでさ…」

ニヤリと笑う彼が次に何を言おうとしているのか、私にはわかる。
彼の言葉を遮るように口を開いた。

「私の名前はーーーー」

あの雨の日は、私たちだけしか存在していないかのようだった。
まるでこの世界に取り残されたような感覚さえあった。

だけど今は違う。
周りには沢山のクラスメイトがいる。
それでも、私の目には彼しか映らない。

「なんか小綺麗になったね」

そう言うと彼は少しおかしそうに笑った。
その瞳に映っているのも、きっと今は私だけ。

3/22/2024, 8:01:41 AM