Werewolf

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【不条理】


 頼まれれば断らず、頼られれば助け、困っていれば声を掛け、率先して取り組むこと十年。新卒ペーペーの頃から前のめりに仕事をしてきて、今や大企業の課長職。貯金もそこそこ、投資もそこそこ。趣味だってボルタリングくらいで大人しいもんだ。それにだって金をかけてるわけじゃない、筋トレのためにジムに行って、ついでにやるくらいのもんだ。永遠の中級者。それで構わないんだ。
「藤倉さん、昇進だって」
「同期で部長か、お祝いだなあ」
 それなのに、帰社すれば女と話してばっかの奴が昇進。業績は自分と同じくらい、あるとすれば定期的にある会社の飲み会で執行役員と釣りの話をしてるのが俺との違い。
「赤沼さんの御祝儀どうする?」
「課内で出せばいいかな?」
 同じく同期が結婚。七人いた営業部の新卒で、結婚してないのはもう俺だけ。
 パソコンに今日の部下の仕事の成績を打ち込む。電子部品のルート営業、新規開拓は主に課長以上の仕事だ。支社に出向いてまで新規を取って、フォローしながら担当をつけて。俺のやり方は悪くないはずだ。社内でも表彰があったんだから。
 たんたんたんぽんたんたかたかぽんたかたかぽん。
 部下が売り込みが上手く出来ないと嘆いたら、見学を申し出て必要な部品について聞き出せと言った。強引にすれば客は離れる。興味を持たれれば人は嬉しい。仕事の中身がわからないなら、門外漢ですがと前置きすればいいだけだ。
 事務の子達が注文書の中身に困ったなら、すぐに見てやるもんだ。端数注文不可だったり、納期が合わないものだったり。担当営業に連絡して、個数や納期の調整をさせる。
「……なんっで、藤倉か」
 小さく小さくボヤいた声に、はぁ、と小さなため息一つ。係長の田名部が肩を竦める。
「そりゃ課長、仕事し過ぎなんですよ」
 時刻は二十一時三十五分。花金。残ってるのは、俺と田名部だけ。
「今日十九時から飲みにって、三日前に役員会が誘ってたじゃないですか。藤倉さん、すぐに行くって返事してましたよ」
 酒で仕事が決まるもんかと、頭を押さえる。仮にそうなら、そろそろ転職した方がいいのかもしれない。そう考えても、すぐに止めていた手を動かす。
 たんたんたんぽんかたかたぽん。
 不意になった私用のスマートフォン。開けば婚活アプリ内のダイレクトメール通知。この前二度目のデートをした人からだった。
「先日はありがとうございました。私とは合わなかったようです、親切にしてくれたのにごめんなさい」
 文末に表示される、「以降、このユーザーとのやり取りは禁止されています。こちらに記載された禁止事項をご確認ください」の無情なゴシック体。
 外部アプリを使用しての接触禁止、本人の個人情報の悪用の禁止、写真の悪用の禁止。何もかも当たり前のことだ。そんな気も起きない。
「あー……」
 一気に脱力。もういいか。週明けやればいいもんな。
「田名部、終わるか」
「帰れますよ」
 二人で業務を終えて席を立つ。田名部飲みに誘って、行きつけの居酒屋へ。まさかの急な休みだった。

3/18/2023, 10:48:17 AM