『タルトタタンの鎮魂歌』
「この前。足音みたいな名前のタルトを初めて食べたけど、あれがかつての失敗から生まれたなんて、信じられない美味しさだったよ。お行儀良く乗った林檎が仲良しの姉妹みたいでさ。ひとつひとつフォークを刺すことすら勿体なかった」
まるで謳うように足音を立てながら、あいつは館の階段を降りてきた。焦げた紅色のフォークを弄び、笑う仕草は悪魔みたいだ。視線が合うと、俺の顔から僅か数センチ横を飛んできたフォークが壁に刺さった。
「帰るぞ」
一言だけ伝え、返事も聞かないうちに踵を返す。
「はーい」
間延びした応答と共に、任務を終えてご機嫌の相方はゆるい足取りで後ろをついてくる。今宵の標的は姉妹だった。はじめに片割れを射抜いたのは俺だが、部屋の奥に逃げ込んだ妹の方はこいつに頼んだ。やけに静かだったが、表情を見るに上手くやったのだろう。外に出て、夜の静寂に紛れて紫煙を燻らせる。
「あ。禁煙期間もう終わったんだ」
「バカ言え、任務後は別だ」
「見苦しいオッサンの言い訳〜」
鬱陶しい野次は右から左へ。先についた火の灯りと、揺れる白が空へと浮かぶ、この光景と最初の一口が至福でなかなかやめられない。
「仕事より煙草に殺されそうだね」
うるさい笑顔を手刀で叩くと間抜けな声が挙がった。
「それで。その美味いタルトの店ってどこだよ」
「聞いてたんだ! 駅前の……」
少し赤くなった額の痛みも一瞬で忘れたんじゃないかってくらい目を輝かせ、聞いて聞いてと尻尾を振る彼は、フォークを持って笑っていた彼とは別人のようだった。甘党同士のスイーツトーク(主に喋っているのはこいつ)は、苦い任務後の帰り道、既にひそかな娯楽となっていて。こちらも暫くはやめられそうにない。
2/6/2025, 11:16:18 AM