komaikaya

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(⚠️BLです、1500字!)

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 生まれ故郷の家族には早々に見限られ、半ば天涯孤独。
 突出した能力もなく、人を惹きつけるほどの魅力もなく、ただ惰性で、流されるように生きてきた、こんな自分には、生きている意味なんて、少しもない──。

 一つ大きな仕事を采配し成功させた部下を、ねぎらうための酒の席で。
 彼は確か28か29歳だったか、30代も後半の俺からすれば、まだまだ眩しい若さの部下が、あまりにも俺の仕事っぷりやら人柄やらを持ち上げてくるから、それが苦痛になってきた俺は、「いや、もうそういうのは、よしてくれ。俺はそんな柄じゃない」と、彼にそうたしなめて──確か、そんな始まりだったはずだ。

 なのにあのときの俺は、いつの間にか、訊かれてもいない身の上話や愚痴なんかを、コイツにベラベラとしゃべっていて、そして。

「『生きる意味』、ですか……」

 彼は考えるような素振りを見せたあと、顔を上げ。
 それから俺の視線を捉え、そして目をしっかり合わせてから、こう言ってみせたのだ。

「じゃあ、それなら。これからは僕が、主任の生きる意味になる。そういうのは、どうでしょう?」

 社の女性たちから散々アプローチを受けているらしい彼は、パッと見は体の線が細く、その上にいまどきの、中性的で色白なマスクが乗っかっているのだが。

 ……そんな、彼が?
 男で、しかもオッサンであるこの俺に向かって、そんな口説き方をしてくる、とか……。

 いったいこれは、どういう事態なんだ???



「……そうして。僕のおかげで、生きる意味というものを知った主任は、僕と二人で末永く、幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
「なんだよ、それ。ハァ……」

 ……そうして、ため息をつきながら、ふと我に返れば。
 彼は毎週末決まったように、俺の部屋に入り浸るようになっている、という──にわかには飲み込めない、現実があって。

 俺の横で当たり前のように添い寝、というか同衾している、その色白の首の喉ぼとけから目が離せなくなりながら、俺はここに至って、ようやく気がついた。

 そう、この部下は──まるで、アダムとイブの前に現れた、あのヘビ。
 アダムとイブに『善悪』の知識の木の果実を差し出して誘惑してきた奴。

 あのときの俺は、このヘビの奴に、すっかりそそのかされてしまったのだ。

 そして、彼から受け取った禁断の果実、生きる意味、とかいう名前のその味を知り……そう。

 だから、そのせいだ。
 この胸のあたりにくすぶる、違和感、というか……。

「……苦しいんだよ」
「え? いま、なんて言いました?」

 この男が、俺のことばを聞くためにでもなんでも、こうして、好んで身を寄せて来る……その理由に、未だに確信が持てないから。

「ああ、いや。……喉ぼとけ、って。英語でなんて言うか、知ってるか?」
「Adam's apple。アダムのリンゴ、ですよね?」

 なんだよ即答かよ、優秀な部下め。
 答えながら俺の喉ぼとけに触れる、彼の手が冷たくて、こそばゆい。

「あー……もういい。めでたしめでたしでも、夢オチでも、なんでも好きにしてくれ……」
「夢オチ? ……ああ、二度寝ですか? なら、僕も一緒に」

 身を添わせてくる彼に、しょうがなく俺は、場所を開けてやり。
 彼の体を抱え込んで、手の冷たさとは反対の、生きている肉体の熱を受けとめる。

 ……ああ、クソッ。
 生きる意味なんてもの、そんなもの、知らなければよかったんだ。

 この温かさはいつか、この男が俺に愛想をつかせば、簡単に失われてしまう。
 なのに俺は、その味を知る以前には──もう決して、戻れないのだ。

4/28/2026, 3:34:50 AM