薄墨

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「流行ってるよね、それ」
肩越しにそんな声がする。

振り向いた私の手から、スマホが滑り落ちる。
「…った!」
スマホは見事に足の甲に着地した。痛い。

「…えー、そんな驚くことないじゃん。びっくりだよ」
元凶の彼女は目を見開いて、ニコニコと笑う。
その可愛らしいけど考えの読めない笑みに、私は拾い上げたスマホを握りしめて、ため息をついた。

「…なんでいるの」
「ひどいなー、一年ぶりに会うのにそんな態度なんて。傷ついちゃった♪」
「…いやだって、まさか今日来るとは……いや、ごめん」
「んー、そこで謝罪できちゃうところ、やっぱり良いよね。好きだわ」

彼女は冗談とも本気ともつかない声でヘラヘラと言う。
「やーっぱり、会いたくなっちゃうよねぇ。だって私に謝れちゃうんだもん。こんな子、他にいる?」
「…うるさい」
目に熱が溜まってきて、慌てて目を逸らす。

彼女…背後から現れたこの女子は、私の親友だ。
…四年前に突然行方不明になった、親友。
四年前、受験を控えたあの日、踏切で目撃されたのを最後に、見つからなかった親友。

その彼女がどういうわけか、毎年一回、30分だけ現れるのだ。
私の背後に。
そして、いつもの_高校生の頃のいつもの_ように、私の肩越しにスマホを覗き込んで、流行をチェックする。

「でも最近さー、流行りものもなんか違くない?魅力というかこう、惹きつけられるものがさ、年々弱くなってる気がしない?いやー、昔は良かったよねぇ」
やれやれと首を振ってみせる彼女に、私はわざとそっけなく言い返してやる。
「…へー、私はそうは思わないけど?…そんな流行りを貶して現役だった昔賛美するなんて、なんか捻くれ厨二か年寄りっぽいよね。一年でババくさくなってない?」
「いっやぁ〜?絶対昔の方が良かったし?それを素直にいっただけですがぁ?」

彼女は右の眉の端をピクリと引き上げながら、言い返す。
これはちょっとムキになった時の、彼女の癖だ。どうやら、年寄り扱いされるのは嫌らしい。この期に及んで、ブツブツと文句を呟いている。

元気そうだな、と思う。…今の彼女のこの状況に元気とかあるのかは不明だけど。

なぜそうなってしまったのか、どうしてこうなったのか、今までどこにいたのか、私はまだ聞けていない。
聞けない。怖くて。

文句はひとしきり言い終わったらしい。彼女がこちらを覗き込んで来た。
…こういう時、口火を切るのはいつも私だ。
「…元気にやってるみたいだね」
「そうだね、元気にやってるよ」
「そっか…」
「……ねえ」
彼女は眉根を下げて、ぎこちなく言う。

「…私に聞きたいこと、ない?今ならなんでも答えてあげるよ?タダで」
「…ううん、ない。いいよ」
彼女の顔がほんの少しだけ、歪む。…けれど、彼女の顔はすぐにあの食えない笑顔に戻る。
「そっか」

彼女に聞きたいこと、本当はたくさんある。
あの日、踏切で何をしていたの?とか。
今まで何をしていたの?とか。
なんで一年に一回しか会えないの?とか。
おばさんやおじさん…家族に会いに行かなくていいの?とか。

…なんで私に会いに来てくれるの?とか。

でも聞けない。怖くて。聞いて終えばもう二度と会えなくなる気がして。怖くて。
だから私は、彼女への疑問を全部、先送りにする。
いつ来るか分からない、まだ遠い、一年後に。

「…もう行っちゃうの?」
私の言葉に彼女は少し寂しそうな笑い方をした。
「…うん、また一年後ね」
「…うん、また一年後」
今年もまた、私は問題を一年後に託す。

突風に乗せられた、踏切の音が鼓膜に届く。
辺りの空気が少し冷えた気がした。

5/8/2024, 1:33:35 PM