「おや、タイキくん。君、こんなとこまで来たんですか」
「いけないかよ」
セミの鳴き声が響き渡る公園にある自動販売機の前のベンチ。
突然背後に現れたにもかかわらず、テツジは男が誰なのかを当ててみせた。
ベンチに座るテツジの背後に、その男――タイキはぶっきらぼうに返事をした。
伏せていた目を開けたテツジは背後のタイキを振り返ることなく言った。
「いけなくはないです。ただ、君、こんなところに来る人じゃないでしょう?」
突然背後に立たれたにもかかわらず驚く様子もないテツジは、彼がここに来ることが分かっているようだった。
「俺がここに来るのが、そんなにおかしいかよ?」
「だってここ、何もないじゃないですか」
ふてくされたように言うタイキの言葉に苦笑を漏らしながら、テツジは公園を見渡した。
テツジの見渡した公園には、広い敷地の割に遊具は滑り台と砂場とブランコしかない。
「だから、ぼくに会いに来てくれたのかなって」
視線を前に向けたまま、テツジは呟いた。
タイキは何も言わない。
「嬉しいですよ。会いに来てくれて」
そこで初めて、テツジはタイキを振り返った。
タイキは、眉間にしわを寄せ、唇を噛んでいた。
「会いに来なきゃ、会えねぇじゃねえかよ……」
噛んだ唇を震わせて、タイキは言う。
「お前なら、ここにいそうだと思ったら、まんまとここにいやがる」
「……そうですね」
寂しい思いをさせてすみません、とテツジは俯いて言った。
「突然、死にやがって……!」
耐えきれなくなったかのように、タイキの両目から涙が溢れた。
夏休み真っ只中だったあの日。バレーの部活で集まった体育館に、集合時間になってもテツジが来ないことをみんなで心配していたとき、悪いニュースが飛び込んできた。交通事故でテツジが亡くなったと。朝から騒然としたことを、タイキは今も鮮明に覚えている。もちろんその日の部活はなくなった。
「それは……ごめんなさい。ぼくだって死ぬつもりはなかったんです」
泣き顔に驚いたテツジが体ごと振り返る。
「わかってるよ……!」
タイキは悔しさと悲しさを滲ませながら涙を止めようとしているが、あれ以来の再会ということもあり、涙が止まらずにいた。
タイキは覚えている。
ボールを追い掛けて車に轢かれそうになった子どもを庇ったというのに、棺桶に入ったあのキレイな彼の顔を。
今にも動き出しそうなくらいなのに、ピクリとも動かないテツジの姿を。
泣き続けるタイキが少し落ち着くのを待ってから、テツジは前に向き直り言った。
「君がユーレイ見えるタチだって聞いててよかったですよ。だからこうして会えましたし」
「もしかして待ってやがったのかよ?」
ぐす、と鼻を鳴らしてタイキが尋ねた。
ちょうど1年前。事故の起こる少し前のこと。部活の合宿で肝試しをしようと企画が持ち上った時に、あまりにもタイキが怖がるのでテツジが尋ねたのだった。「そんなに怖がるなんて何かあるんですか」と。そのときタイキは、実は幽霊が見えると打ち明けていたのだ。
それをテツジは覚えていて、この公園にいたのだという。
「いえ、そんなつもりは……。ただもしかしたらって思ったら、いつのまにかここに居ちゃったんですよ」
ぼく、地縛霊になっちゃったんですかね、なんて冗談を言うテツジの足先は透けていた。
「地縛霊でも、いいんじゃねぇの?俺が会いに来てやるよ」
鼻をこすりながらタイキが言った。
「ふふ、でもあまりよろしくはないんですよね。どうします?お盆を過ぎてもいたら?」
「そんときゃそんときだろ」
タイキは、からかうように言うテツジを見て、ようやく笑顔を見せた。
蝉の声が公園に響く。
/8/2『8月、君に会いたい』
8/2/2025, 5:32:16 AM