応援席から「がんばれー」という声援が聞こえる。
スタートラインから振り返って見ると、クラスのみんなが立ち上がって、手を口に当てて叫んでいて――その背後に、日に焼けた先生が見える。陸上の本を片手に、俺たちとバトン練習をした先生が。
先生は古典担当で演劇部の顧問。
陸上とはもちろん無縁。だけど「三年間の集大成だ」と言って、この一週間毎日練習した。俺たちは受験生なのに。
「バトンパスのときに減速しないのがいいんだよ」
他のクラスはトラックで練習していたのに、俺たちだけグラウンドの隅っこで、ひたすらバトンを繋ぎ続けた。おかげで、大きく開かれた手のひらには、バトンが吸い込まれるように入るようになった。
「先生、何でうちだけバトンパスばっかやってるんだよ?」
「何でって、リレーの肝だぞ。バトンは」
「……先生、素人だろ?」
「まあな。でも、次に繋ぐ大切さは演劇と一緒だからな」
「どういうこと?」
「セリフもバトンも、自分の意図を正確に次に渡すために工夫するのが大切……ってことだ」
先生は腕を組んで、白い歯を見せた。
☆
号砲が鳴り、俺はバトンを握りしめて勢いよく飛び出した。けれど、周りはもっと速い。コーナーを曲がると、第二走者が手を振っている。
いいから走り出せ。俺はトップスピードのままバトンを繋いだ。
棒になった足に手をつき、深呼吸して顔を上げる。バトンはアンカーに渡るところだった。集団の中から一番に抜け出したのは、うちのクラスだった。
「行け!」
アンカーが走り抜けた後で、先生が腕を振り上げたのが見えた。俺たちが練習を続けられたのは、先生のおかげだ。先生が一生懸命リレーを勉強していたから。先生がずっと熱い声援を送ってくれたから。
「僕と一緒に、体育祭を盛り上げよう」
先生の言葉を俺たちはバトンに込めた。
アンカーが一着でゴールテープを切る。
9/23/2025, 11:34:24 AM