崩壊するまで設定足し算

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▶18.「たくさんの想い出」

17.「冬になったら」
16.「はなればなれ」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形‪✕‬‪✕‬‪✕‬

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今夜は花街にて。
‪✕‬‪✕‬‪✕‬は子猫という女と過ごしていた。

「はぁ、山で一人暮らし。いいんじゃないの?あなた涼しい顔して毎年冬は大変そうにしてるものね。あ、もうちょっと上」
「そうか、ではこの案で進める。もうちょっととは…ここだろうか。」

子猫は人形であることを知っており、体のメンテナンスに付き合ってくれたり人間社会に馴染むための助言をしてくれたりしている。

「んふ、そう…あぁ少し強くして」
「む…良いところで教えてくれ」

負荷が掛からないようじっくり強めていく。

「あはぁ…いいわぁ…そのまま続けて」
「わかった」

人間の体に触れる機会の少ない人形は、子猫の体が傷つかぬよう細心の注意を払ってマッサージを施していく。
男であった博士とは違う体に触れること、また子猫の幼少期から縁があり、その成長過程を期間は空きつつも直接見られることは、✕‬‪✕‬‪✕‬にとって貴重な機会であった。

「ねえ、博士ってどんな人だった?」
「人形づくりに長け、この国の戦乱前の技術収集に熱心であり」
「違うわよ、そんな上っ面じゃなくて…何か思い入れのある話とかないの?」
「私の記録は平等に積み重ねられている」

「はぁ…あなた。それでよくバレないわね」
「あなたの前で人間を装う必要性がない。他ではもっと人間らしい言動に思考領域を割いている。そして今、私の思考領域の大半は子猫、あなたの体に縛られている」

「あら、私のカラダってそんなに魅力的?‪いえ、愚問だったわ…✕‬✕‬‪✕‬に性欲なんて無いものね。丁寧に扱ってくれてありがとう」
「こちらからも肉体データ収集の協力に感謝する」

子猫は少し考える様子を見せ、改めて話し始めた。

「んっ…それじゃ、私から質問するから答えてちょうだい」
「わかった」

そうねぇ…好きな食べ物は?
-いつもパンと育てた葉野菜、家畜化した鳥の卵を食べていた。食事の時間になるたびに飽きた、魚が食べたいと言っていた。

魚ってこの辺にはあまり無いわね…博士ってどこの国から来たの?
-遠くにあるとだけ聞いている。

博士とはどんな風に一日を過ごしていたの?
-朝は歩行訓練、博士の朝食後から昼まで私の体の調整、昼食後は日によって買い出しや言葉の練習、表情の作り方…主に人間に馴染むために必要なことを教わっていた。

博士って、この国の人達と違うところはあった?
-博士は体が小さかった。知識量にはかなりの開きがある。言動に関しては、抑圧されていた過去がある者特有の開放感が出ていたが、おおむね理性的であり、他者に配慮をする心があり、そこはこの国の人間と変わらない。

一緒に暮らしたのは1年半くらいだったんだっけ
-そうだ。そして博士は突然吐血し倒れ、3日後に死亡した。

子猫はハッとしたように顔を上げて振り向いた。人形は捻れた体勢に合わせるように力を弱めた。

「そのとき、言葉を交わせたの?」
「ああ。博士には、お前の生に対して本当に短い間しか一緒にいられなくてすまない、旅では色々なものを見聞きして、人間とは何か自由とは何か探してほしいと言われた。なので私は、私にとって時間の経過は苦痛にならない。博士が言うものをできる限り探すと答えた。博士は、そのとき安心した顔をしたように見えた」

「もう私との付き合いの方が長いのね…マッサージも質問もありがとう、もういいわ」
「了解した。最後に全体をさすり血流を整えてから終了する」

子猫は脱力し、再びうつ伏せになった。‪✕‬‪✕‬‪✕‬は、肌を擦らないように手を動かし、整えていく。


「ねぇ…答えられればでいいけど私との思い出で、そうね…1番あなたが重要視しているものはある?」
「重要視という意味であれば、私が人形であることを知った子猫の反応だ。人間を装うモノに遭遇した時に人間は嫌悪を抱くはずだが、あなたにはそれが全くなかった。興味深いデータである」

この後も女の話は転々と移り尽きず。いつも通りに夜は更けていく。
積み重ねられていく、たくさんの想い出という名の記録。

11/19/2024, 4:36:49 AM