Rara

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どこへ行こう



いつも通りの決まった電車に揺られる。いつも通り乗り継いで、向かうのはいつもの職場。

行き先は決まりきっている。
私はあと四駅先で降りる。
私は駅近の職場へ行く。
私は毎日繰り返す。
私はいつか死ぬ。

どこへ行けばいいかなんて悩むことはない。決まりきっているのだから。いつも通りに行けばいい。…本当に?なんて、そんなこと考えるだけ損だ。なにも考えないほうが、悩まなくていい。

…ふと、いつ終わるのかと考えてしまった。

宿題の終わりは全て解き終わることだ。約一時間を要する。
学生の終わりは卒業だ。約三年を要する。
人生の終わりは死ぬことだ。約…どのくらいなのだろう。

そうだ、人生の終わりがいつかなんて分からない。百年生きる人間はいるし、三十年生きられない人間もいる。あと一秒しかない可能性も、あと八十年生きる可能性もある。死んでみるまで分からない。

終わるまでの見通しが立たないというのは、なんだか酷じゃないだろうか…終わりの見えないトンネルとでも例えようか。トンネルだと感じない人間もいるのだろうと思う。終わらない花畑かなにかに見えているならば、きっとその人は幸せだろう。

電車の窓に流れる景色は、吊り革から伸びる腕に隠れている。

とある著名人は言った、「明日死ぬと思って全力で生きろ」と。
もし明日必ず死ぬなら、私は全財産を使い切ってしまうんじゃないだろうか…そして明日生きている私が後悔することになる。きっとそういう意味ではないのだろうと思う。

電車に揺られながら、生きるとはなんなのか考えている。少し気持ちが沈んでいる…こうなるから普段考えないようにしているのだ。

ガタン、ゴトン、ガタン、と電車が言う。

もしすぐに死ぬならば、最後にどこへ行こう…

私は今日も会社に行く。

4/24/2025, 3:41:59 AM