【通り雨】
突然の通り雨に、近くにある古本屋の軒先へと慌てて飛び込む。ザァザァと降りしきる雨をどうしたものかと眺めていれば、不意にガラリと軋んだ音を立てて背後の扉が開いた。
この古本屋の店主は気難しいと評判だ。勝手に軒先を使ったことへの叱責を覚悟して振り返れば、そこにはほとんど話したこともないクラスメイトが無表情に立っていた。
「入れば? タオルくらい貸すし」
突然の事態に戸惑っていれば、彼は納得したようにああと小さく頷き、店の中へと歩を進める。
「ここ、祖父の店。今日は俺が店番。じいちゃんいないから、入って平気だよ」
「え。あ、うん。ありがとう」
彼の後に続いて店へと入れば、古い本の独特の香りが鼻腔をくすぐった。その心地良さに大きく息を吸い込む。と、彼は物珍しいものでも見るように私を凝視した。
「……この匂い、嫌じゃないんだ」
「うん、古本の匂いは好き。なんか落ち着くんだよね」
子供の頃に何度も遊びに行った祖母の家が、古い本の香りに包まれていたからだろうか。友達はみんな古臭いと言うこの香りが、私にとってはとても懐かしく親しみやすいもののように感じられる。
「……俺も、好きだよ」
囁くように彼は呟いた。口元に浮かぶ笑みは柔らかで、どこか照れたようにも見える。ぶっきらぼうでどこか怖い印象のある彼が、笑うとこんなにも幼く可愛らしい印象になるなんて知らなかった。
心臓がどくんと高鳴る。通り雨の激しい音と、古びた本のノスタルジックな香り。私の初恋は、そんな形をしていた。
9/27/2023, 9:57:14 PM