『欲望』
あと少しだな。
ほとんど設営が終わったイベント会場を見渡して、ホッと息をついた。
今日はあまり遅くならないうちに帰れそうだ。
ちょうど会場の隅のパイプイスに、同期がドカっと音がしそうなくらいの勢いで座り込み、ネクタイを緩める姿が目に入った。
近づいて、隣りのパイプイスに俺も腰をおろした。
「あとは週明けの当日か、、、」
そう言った同期の声が疲れている。
「、、、ああ、そうだな」
返事した自分の声も思っていた以上に疲れて聞こえて、驚いた。
「あ、そういえば、、、」
同期が思い出したように言う。
「なに?」
同期はジッと俺を見て言葉を続けた。
「雪村さんが足りない」
「はっ!?」
耳が熱い、、、
「な、ナニ言って、、、」
「アイツ、夏目が言ってたんだよ」
耳が熱すぎる、、、
ちょうどその時、手にしていたスマホが震えた。
「あ、、、」
「アイツか?確認しろよ」
促されて、メッセージを確認する。
【会いたいです】
嬉しいけど、恥ずかしくなって、あわてて、ジャケットの胸の内ポケットにスマホをしまった。
帰宅はすっかり暗くなっていた。
最寄り駅で電車を降りて、改札に向かって歩いていると、改札の向こうに外に向かう人の流れとは逆にコチラを向いて立っている長身を見つけた。
「夏目、、、」
俺の方を真っ直ぐに見ている男は軽やかに笑った。
「おかえりなさい、雪村さん」
改札をぬけて目の前で立ち止まった俺に、一歩踏み出して、耳元に口を寄せる。
ほんのり香水が漂う。
夏目の香りだ、、、。
「雪村さん、会いたかった」
心地よい低音が耳に入って。
身体が震えた。
3/2/2024, 4:38:51 AM