手を取り合って
打席に入る直前、試合前の会話を思い返していた。
朝、幼馴染が声をかけてきた。ひとつ年下の4年生。
絶対打ってよね。 声には怒りがこもっていた。
なんだよ。どうした。
あいつね、私のこと振ったって言いふらしてるの。ブスを振ってやったって。でもほんとは逆なの。私があいつを振ったの。腹いせに言いふらしてるの。
そうなのか。
うん。だから絶対打って。メッタメタに。
やってみるけど。でもあいつの球、速いからな。今まで打てたことない。
もし打てたら、何でも言うこときいてあげるから。
……何でも?
うん。
わかった。もし打てなかったら?
あんたとも一生口聞いてあげない。
呼吸を整えてバットを構える。晴天の空から、天使と悪魔が手を取り合って、この対決を見ている。
重心を落とし、真っ直ぐあいつを見る。
きれいに整ったフォームから、唸るような速球が飛び込んできた。
僕は自然とみなぎる力を感じながら、全力で大きくバットを振った──。
ごめんって。
話かけるな。バカ。
だってさ、すげー速いんだよあいつの球。あんなの誰も打てねーよ。
知らない。ついてくるな、バカ。
そんな怒んなよ。
スタスタと真っ直ぐ歩いていた彼女のスピードが、ガクッと落ちた。そして小さな声で、
……ブスって言われた。すっごいヤダ。
恐る恐る彼女を見た。なんとなく目が赤くなってる気がした。
気にすんなよ。ブスじゃないから。
……本当に?
うん。
彼女が立ち止まった。そしてなぜか声を上げて泣き出した。
なんで泣くんだよ。泣くなよ。俺のせいだと思われるだろ。
だって。だって。
少しおとなしくはなったが、まだ少しグスッと泣いていた。
どうしたらいいかわからず、それでも何か言わなきゃと思い、僕は無理やり口を開いた。
帰ろう。
うん。 目をこすりながら彼女が答えた。
彼女の手を引こうと思ったが、やめた。なんとなく卑怯な気がして。
7/14/2024, 11:46:02 PM