『終わり、また初まる、』
「おとといも実は思ったんだけどさ」
おとといぶりに《とびきりの悪夢》の前に《架空の十月》は現われた。いつもながら唐突である。
「文法もそりゃ大事ではあるけど、大事ってなら表記も大ごとなわけなのだよ」
「はぃ」
《とびきりの悪夢》は慣れたふうに気の抜けた返事を返す。
「聖職のつかう術は基本、法術だから、信仰と神の司る御稜威に由来していて正確な言語律は必須でもないけど」
《架空の十月》がこの手の真面目な話を語るのは珍しいが、いまの彼女はずいぶん熱烈にその専門を語っていた。
「例えば、精霊術は言葉が大きな役割を果たす。精霊術師の呪文は精霊に契約の履行を求める証で、精霊を地上に介入させる鍵で、どの力を誰が借りるかの識別子だ。つまり超重要」
「そりゃまぁそうだが、精霊術師は筆記は必要ないだろ」
必要なのは音声で筆記(即ち表記)ではない。
《とびきりの悪夢》の指摘に《架空の十月》は重々しく頷き、
「ご尤も。いまのは私の知識の披瀝で本質じゃない」
「そうか」
「私が言いたいのはさ、横書きであれ、数学や科学を語っているわけでもない、カジュアルじゃない場面でアラビア数字ぶっこむのはどうよ、ってこと! それも半角!」
「アラビア数字とか半角とか云うなよ、メタすぎるだろ。あともしかしたらカジュアルな場面だった可能性もゼロではないし」
親友の冷徹なツッコミは無視する。《架空の十月》、メンタルは強い。
「で、今日もだよ! はじまる、って読むなら『始まる』表記だろ。って思うんよ。『初まる』って表記なら百歩譲ったって『そまる』って読んじゃうだろ!」
「……メタ発言……」
「メタかろうが何だろうが!」
「いや、同感だが、俺らの世界に設定的にアラビア数字も漢字も存在しないだろ」
このツッコミもすっぱりと無視する。威風堂々。
「てわけで、今日はこれだけ主張しに来たわけ」
「あぁ、まぁ……気は済んだか?」
「云いたいことは云ったから、まぁ済んだかなー」
「なら帰るか」
「どこに?」
「どこかな……」
そんなやり取りがあったとかなかったとか。
3/12/2025, 11:02:00 AM