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67.『揺れる木陰』『Special day』『飛べ』




 オレの名前はジョン、盗賊だ。
 ここらへんじゃ名の知れた盗賊で、誰もが俺を恐れている。

 この辺りは田舎だが意外と人通りが多く、獲物には不自由しない。
 旅人、商人、はては貴族の馬車も襲った事がある。
 警備もゆるいし、楽に稼げるいい狩場である。

 けど俺はこんな田舎で終わるつもりはない。
 夢はでっかく盗賊王。
 ビッグになる夢を見て、今日も盗賊の技を磨く。

 だが昔から盗賊王を目指していたわけじゃない。
 若者らしく、冒険者を夢見ていた。
 けれど剣の才能が無く、魔法の才能が無く、荷物持ちの才能すらなかった。
 どこへ行ってもお荷物扱い。
 どのパーティにも入れなくなるのは、時間の問題だった。

 冒険者で食っていけなくなった俺は、盗賊になった。
 だが盗賊の才能も無かった。
 盗みに失敗し、警備隊に追われる日々。
 捕まるのも時間の問題だった。

 だがそうはならなかった。
 趣味の占いが俺を救ってくれたのだ
 『今日の運勢』を占い、運勢の良かった日に行動を起こす。
 すると、今まで失敗したのが嘘のように盗みが成功し始めた。
 労せずして金品を巻き上げられる上に、逃げる時も簡単に追手を巻くことも出来る。
 自分の時代が来た事を確信した。

 だが自分は未熟。
 調子に乗ると痛い目に会うのは、冒険者時代に学んだ。
 そこで腕を磨くため、修行のために田舎へとやってきた。
 ここならば儲けは少ないが、警備も緩く危険もない。
 そうして俺は、じっくりと盗賊の腕を磨いっていった。


 ◇

 田舎に越してきて、1年が経とうとした時のこと。
 日課の『今日の運勢』占いをしていたところ、衝撃の結果が出た。
 なんと、占い結果は『ミラクルラッキー』。
 何をやっても上手く行く日。
 人生に一度あるかないかのSpecial dayだ。

 こんな日には大物を狙おう。
 そう思った俺は、逸る気持ちを抑えながら街道へと出た。

 今日はどんな獲物を狙おうか。
 貴族を襲って身代金を取る?
 はてまた大商人の馬車の積み荷を頂こうか?
 これ以上なく浮かれていた。

 そんな時である。
 道の向こうから男女二人組が歩いて来た。
 獲物を探し始めたら、すぐにカモが来るなんて、なんてラッキーなんだ。
 さすがSpecial day、話が早い。

 だが襲っても金を持っていなければ意味がない。
 俺は歩いて来る二人組を観察する。

 二人組は冒険者だった。
 男の方は剣士のようで、腰に剣を佩き、鎧を着こんでいる。
 女の方は魔法使いのようで、鎧の代わりに魔力のこもった服を着て、手には杖を持っている。

 俺は悩んだ。
 冒険者と言うのは、魔物退治が専門なだけあって、なかなかに手ごわい相手だ。
 その一方、その日暮らしの者が多くお金を持っていない事も多い。
 苦労の割にリターンが少ない、それが冒険者だ。

 なので普段は見かけても見送るのだが、今日は違った。
 二人の装備が、この辺りでは見ないような『超』高級品だったのである。

 オリハルコン製の剣、ミスリルの鎧、竜玉を使った魔法の杖、聖骸布で織られた魔法の服。
 一つ売るだけでも、人生遊んで暮らせると言われるほど、とんでもないシロモノだった。
 それが4つ。
 まさにspecial dayだ

「獲物はこいつにしよう」
 アレを持っているのは『超』一流の冒険者くらいなものだが、こんなド田舎にそんなヤツがいるわけがない。
 おおかた知り合いに譲ってもらったか、親が金持ち程度の事だろう。

 万が一、実力者だとしても問題ない。
 だって今日の俺はspecial day。
 向かうところ敵なしだ。

「行くぜ、今日は大もうけだ」
 俺は成功を確信しながら、冒険者が来るのを待ったのだった。


 ◇

「すみませんでした」
 俺は目の前で仁王立ちしている二人に土下座する。
 立っているのは、先ほどカモと定めた冒険者2人。
 どうしてこうなったのだろう?
 俺はさっき起こったことを思い返す。

 襲うと決めた後、俺は草の茂みに隠れた。
 不意を突き、盗みを円滑に進めるためだ。

 そして不意打ちは成功した。
 茂みから飛び出した時、二人は明らかに反応が遅れていた。
 勝利を確信しながら、二人に向かって魔法を打ち込んだのだが……

 女が瞬時にマジックバリアを発動、渾身の魔法を防がれる。
 そして俺がそれに気を取られている隙に、男が一瞬で肉薄。
 「吹き飛べ!」と叫びながら俺を殴った。

 そこから覚えていることは断片的だ
 勢いよく吹き飛ばされる感覚、木に打ちつけられた衝撃、揺れる木陰……
 目を覚ましたら簀巻きにされていた。

 どうしてこうなった?
 何度も同じ疑問が浮かぶ。
 今日の俺は間違いなくSpecial day。
 何もかも上手くいく日。
 どうして上手くいかない……

 占い結果を読み間違えたのだろうか?
 そんなわけがない。
 不意打ちする際、強力な火属性の魔法『ハイパーインフェルノspecial』が発動したからだ。
 一度も初級魔法すらまともに発動させたことが無い俺が、だ。
 
 つまり今日は間違いなくspecial day。
 だとしたらなぜ俺は負けたのか?

 疑問が堂々巡りする。
 地面に頭をこすりつけながら悩んでいると、男が不機嫌そうに口を開いた。

「ついてねえな。
 隣村の用事が終わって帰るだけなのに、変なのに絡まれるとはな」
「面倒ですが、もう一度隣村に戻るしかありませんね。
 この辺りで警備隊の基地があるのは、あそこだけですから」
「この際ここに捨てていくのはどうだ?
 この辺りのオオカミが後始末をしてくれるかもしれない」
「ダメですよ、バン様!
 悪人とは言え命を粗末にしては――」
「バンだって!?」
 俺は二人の会話に出てきた名前を聞いて思わず叫ぶ。

「アンタ、あのドラゴンスレイヤーのバンか!?」
 バンと言えば、誰もが知る超大物。
 冒険者なら誰もが憧れる超一流の冒険者だ。
 ドラゴンすら一人で葬れるという超ベテラン。
 俺なんかは足元にも及ばない、格どころか次元の違う実力者。
 それがバンだ。
 special dayでも勝てないのは納得である。

 それにしても、なんでこんな大物がド田舎に……
 そう言えばこの辺りが故郷と聞いたことがあるが、もしかして里帰りか?
 なんと間の悪い……
 いや、それよりも女性の方が問題だ。

「という事は、もう一人は死神クレアか!?」
 クレアは、最近バンとパーティを組んでいると噂の聖女である。
 しかし聖女とは名ばかりで、一流の冒険者に匹敵する戦闘力を持つ規格外。
 自分に歯向かうもの全てを滅ぼすまで止まらない狂戦士で、敵に回して生きている者はいない。
 それが死神クレアである。
 当然special dayだからと言って勝てる相手では、もちろんない。

 だが俺は死神クレアに襲い掛かった。
 知らなかったでは済まされない、とんでもない大失態。
 不興をかった俺は、すぐさま惨たらしく殺されるに違いない。
 そんな結末、まっぴらごめんだ

「クレア様、マジすいませんでした。
 出来心だったんです!
 これからは、盗みはもうしません
 殺さないでください」

 ひたすら謝って命乞いする。
 それ以外に生きる道はない。

 なにがspecial dayだ。
 調子に乗って、本当にバカなことをした。
 後悔に苛まされながら頭を下げる。

「頭を上げてください。
 殺すって何ですか?」
「アナタだとは知らなかったんです。
 命だけはお助けを」
「ご、誤解です。
 何を誤解しているかは知りませんが、とにかく誤解です」
「俺を殺しませんか?」
「殺しません、当たり前です!
 私を何だと思ってるんですか!」
「ありがとうございます」

 やった、命が助かった。
 さすがspecial day。
 sukosi lucky dayくらいだったら死んでいた。

 だが念には念を入れて、さらに謝ろう。
 存在しない病気の母を登場させて、泣き落としするのもいいかもしれない。
 盗賊王の夢を叶えるためにも、生き残る事が最優先。
 嘘つきと罵られようと、とにもかくにも謝り倒す。

「もう盗みはしません。
 悪い事から手を洗います。
 どうかお情けを。
 家族が腹を空かせて待っているんです」
「そこまで言うなら信じましょう。
 アナタに食べ物を買うお金を与えましょう。
 バン様、それでよろしい――」
「思い出したぞ!」
 クレアの言葉が終わらないうちに、バンが叫ぶ。

「どこかで見たことあると思ったら、手配書で見たことがある。
 コイツは『盗人ジョン』だ」
「『盗人ジョン』?」
 バンの叫びに、クレアは可愛らしく首を傾げた。
 一方で、昔の呼び名で呼ばれた俺は、顔が引きつったのを自覚した。

「コイツ、手癖が悪くてな。
 パーティに入れると、とにかく物が無くなるって有名だった。
 発覚するたびに『もうしない』と言っていたらしいんだが……
 その様子だと嘘だったようだな」
 見る見るうちに、クレアの目が冷たいものになる
 ヤバい、俺の命大ピンチ。
 すぐに言い訳しないと。

「違います!
 誰かが俺を嵌めようとして――」
「一回や2回なら信じてもいいんだがな……
 俺が知ってるだけでも、10回は聞いたぞ。
 ちんけな盗人の癖に、手配書まで作られるって相当だ。
 賞金額こそ大したことないからわざわざ捕まえるやつはいなかったが、悪評が広まってみんな避けてたな」

 マズイ……
 これはマズイ流れだ。

 せっかく生きて帰れそうだったのに、再び命の危機である。
 みんな忘れていると思って高を括っていたのに、まさか知っている奴がいるとは……
 やはり冒険者に関わるんじゃなかった。

「それで、どこのパーティにも入れてもらえないようになって、腹いせなのか最後に金庫の金を盗もうとギルド本部に盗みに入ったんだよ。
 それ自体は失敗に終わったんだけど、逃げる際に火を点けてな。
 死人こそ出なかったけど、ギルド本部が全焼さ」
「覚えてます。
 聖女として救護活動に行きましたからね。
 ギルドが機能停止して大騒ぎだったのを覚えています」
「しかもすぐ後に、魔物が大量発生したんだけど、ギルドがあんなだから初期対応に失敗してね
 最終的に、お偉いさんから俺に『全部ぶっ殺してきてくれ』って土下座でお願いされて、1週間ぶっ通しでやったよ」
「そちらも大変だったんですねぇ……」

 ヤバい。
 盗みだけでなく、火事の件までバラされるとは。
 もちろんあそこまで大事にするつもりは無かったのだが、信じてもらえないだろう。
 どうする、俺……
 このままいても殺されるだけだ。
 逃げようにも簀巻きにされているので身動きが取れない。
 絶対絶命の危機!

「あのう、待ってくださいお二方」
 俺は2人の会話をとめる。
 このまま黙って聞いても、何も変わらない。
 ならばと、自分から行動することにした。

「自分で言うのもなんですが、1年前の話ですよ。
 もう俺のことを探していませんよ」
「いや、探してるぞ。
 この前、最新の手配書が送られてきたからな。
 賞金も上がってて、ギルドの本気が伺えた。
 当然だな。
 ギルドを壊滅させた、前代未聞の犯罪者なんだから」
「ええ、まさに次元の違う大罪人。
 聖女の私でさえ、お目溢しするのは無理があります」

 二人の視線が痛い。
 だが諦めはしない。
 勝者とは、最後まであきらめなかったものを言うのだ。
 俺は、人生で最大の誠意を見せる。
「病気の母が家で待っているんです!
 見逃してください!」
「「だめ」」


 ◇

 どんなにspecialでもダメなことがある。
 この騒動で、俺はそんな教訓を得た。

 次元の違う冒険者。
 次元の違う犯罪。
 specialな程度ではどうにもならない。
 この身をもって実感した。
 この教訓は、きっと盗賊王になる夢に役立つであろう……

 ここから出られればだが。

「お前みたいな大犯罪者のために特別に用意したspecialな牢獄だ。
 存分に味わうといい。
 ……死ぬまでな」

 俺、外に出られるのだろうか……
 足元に転がる血の付いたspecialな拷問器具を見ながら、俺は牢へと足を踏み入れるのだった。

7/25/2025, 1:09:40 PM