『透明な羽根』
僕が泣いていたのは、風のない午後だった。
空は晴れていたけれど、僕の中には雨が降っていた。
何もかもが重くて、何もかもが遠くて、
それでも君は、黙って僕の隣に座った。
誰にも気づかれない僕を、君だけが知っていた。
僕の背中に触れている君の手は、涙で濡れた羽根を、そっと包むような温もりだった。
「行こう」
君は僕の手を引いた。
笑っていた。
その笑顔は、まるで空の色みたいだった。
君の透明な羽根はもう、ボロボロで、傷だらけだった。
もう二度と飛べないと、君は言った。
それでも君は、僕の前を歩いた。
風を切って、光の中へと進んでいった。
そして、君は舞い上がった。
誰よりも高く、誰よりも美しく。
陽の光はもう応えてくれない。
僕は立ち尽くした。
君の軌跡だけが、空に残っていた。
僕の羽根はまだ濡れていたけれども、まだ、君の温もりが微かに残っていた。
風が吹き、僕の羽根は微かに揺れた。
11/8/2025, 4:55:20 PM