「本日は大変お日柄もよく……」
言いかけてやめた。イチカさんもこんな堅苦しい挨拶は望んでいないはず。
俺たちはお互いの親の紹介で、結婚を前提にお付き合いすることになった。お見合いに近い出会い方だが、今いる場所は料亭ではない。服装も私服だ。
晴れた日の午後に、付き合っている二人が河川敷を歩く。紛れもなくデートだろう。
「あの、この後、行きたい場所とかありますか?」
「特にありません。丹羽さんの好きな場所に行きましょう。私は合わせますから」
イチカさんとのデートは、今日で二十回目。週末に必ず会っていても、毎回こうなる。彼女は頑なに行きたい場所を言わない。それだけではなく、彼女はデートに消極的だ。俺が誘わなければ、こうして会うこともない。恋人同士って、こんなに一方的な関係なのか?
「俺の好きな場所って、自分の家なんですよね」
賭けに出てみる。来るか、来ないか。後者なら脈はないだろう。
「丹羽さんの家へは行けません」
「そうですか」
落胆も憤怒もしない。あくまでも冷静を装う。横目で見たイチカさんも、表情ひとつ変えていない。
不思議な関係だと思う。お互いの言葉には温度があるのに、表情だけは仮面を被ったように動かない。
「それ以外なら、どこでも大丈夫ですから」
「つまり、ホテルでも大丈夫ということですか?」
今度は目線だけではなく、顔をイチカさんに向けた。
「……なんだか、今日は意地悪ですね」
イチカさんは変わらず、俺を見ない。
「不快にさせてすみません。ただ、確認したかったんです。俺たちはちゃんと恋人なのかなって」
「肉体関係を持つことが恋人なんですか?」
イチカさんの無表情は、さらに無表情になった。おかしな例えだが、そうとしか言えない。落ち着いた声色からは、微かに怒りを感じる。
「いいえ。肉体関係がなくても恋人です。個人的には、二人きりの空間で過ごすことを拒まないのが『親密な関係』だと思っています。俺はイチカさんと今よりも仲良しになりたいだけです」
「そうでしたか。すみません。私は丹羽さんを誤解していたようです」
「誤解と言いますと?」
「男運がなくて、酷い恋愛をしてきました。でも、警戒しすぎでしたね」
「あなたの警戒は正しいですよ」
もうすぐで半年になる付き合いだとしても、イチカさんが俺を信用していないなら、警戒はごもっともだ。
結婚を前提にと言えば聞こえはいいが、それは体裁を保つ言い訳だ。孫見たさに親同士が一致団結している。親孝行するのであれば、破局の二文字はあり得ない。そして、俺は別れるつもりがない。少なくとも、イチカさんが別れを言い出さなければ、だが。
運がないのは俺も同じだ。過去に恋が実った試しはない。イチカさんへの想いが恋ではなくても、愛は育めるはずだが……。
「丹羽さんって、優しいですよね」
「いえ、そんなことないです」
「謙遜なさって。そういうところが優しいんですよ」
イチカさんがやっと俺を見る。さっきまで無表情だったのに、今は控えめにだが笑っている。この瞬間は楽しんでいるということだろうか。
破局の未来ばかり見てきたが、イチカさんの柔らかな日差しのような笑顔を、信じてみたいと思う。
1/27/2026, 2:28:42 PM