『永遠の花束』
プリザーブドフラワー。
特殊な処置で加工保存された花。
枯れることのない花。
最も華やかな時期の姿をとどめる。
それはとても美しいことなのだろう。
永遠というものに焦がれるひとにとっては。
『どうしても受けいれられない』
私の友だちはそう云った。
『不自然だから』
美しいものを愛でるのはわかる。
その時期を延ばそうとするのも理解できる。
でも、と友だちは表情を曇らせた。
『枯れる運命にあるものからそれを取り除いてまで愛でようなんて、わたしはキモチワルイと思う』
友だちは文字でそれを著したわけではない。声で語った。だが明らかに『キモチワルイ』と云った。『気持ち悪い』ではなかった。
それは思春期の潔癖だったのかもしれない。儚いものこそ美しいという青い理想への傾倒に過ぎなかったのかもしれない。
永遠なんてものまで、小手先で効率的に手に入れようとする人間への厭気。
そうだったのだといまこの瞬間、私は信じたかった。
「わたしね、わかった」
通話の声は淡々としていた。
「どうしても、手放したくないものってあるんだって」
「ちょっと、ちょっと待って」
焦る私を友だちは歯牙にもかけない。
「死んでしまったあと、火葬にでもされてしまったら私には何も残らない。だってわたしは家族でも何でもないから」
「落ち着いてよ」
「落ち着くのはそっちでしょう。わたしは大丈夫」
云いながらくすりと笑う息が洩れた。
「ホルマリンはもう用意してあるし」
眩暈がした。脚が震えて床に崩れる。
友だちが道ならぬ恋をしているのは知っていた。
匂わせではなかった、と思う。一度、既婚者に恋をしてしまったと苦しげに吐き出して、だがそれ以上は語らず、私も訊けなかった。
聴いておけばよかった。
無意味な後悔が胸を占めた。
「どうして」
これもまた意味のない問い。零れる。
少しだけ間を開けて、友だちは云う。
「どうして、って。保存する理由? それともあなたに話した理由?」
何故かこのとき、背筋に冷たさを感じた。ぞっとした。
「保存した理由はさっき云ったよ。大切なひとだから、わたしの手許に残すため」
「そして、打ち明けた理由も同じ。あなたが大事だから。大事な友だちだからだよ」
背筋にまたも冷たさがふれた。
それは比喩でなく、風というかたちで。
「あなたはわたしの大事なひとだから」
振り返りたい。振り返らなければいけない。
それはわかっていた。
そして、振り返ってはいけないことも、わかっていた。
声は、デバイス越しではなく耳に直接に聞こえた。
「大事なものを、わたしはもうあきらめないよ?」
私は枯れない花束になる。
2/4/2025, 10:59:18 AM