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昼過ぎの駅のホーム。
電車を待つ人は、まばらだ。
早退した沙都子は、キリキリと痛む下腹部を手で押さえながら、ゆっくりベンチに座る。
「‥はぁ、転職しようかな」
沙都子は、小さな会計事務所で事務をしている。
独特の体臭と無神経な昭和のおじさんばかりで、馴染めずにいた。
沙都子は、神経質なところがあり、美人ではあるが愛想がない。いつも眉間にしわが寄っていた。


突然、頭上から怒鳴り声がふってきた。
「おい!ここ空いてんのか!」
沙都子はチラリと見上げる。
くずれたスーツの中年男性。
酔っぱらっているのか、フラフラしている。
4人がけのベンチは、沙都子と女子高生が両端に座っている。真ん中はがら空きだ。見れば分かる。
沙都子は無視した。
「ここ、空いてんのかって聞いてるだろ!!」
中年男性は、なぜか沙都子に執拗に怒鳴る。
誰も止めに入ってはくれない。
どんどんヒートアップしていく声が、ホーム中に響きわたる。
沙都子の下腹部も容赦なくギューっと、締め付けられた。
(どうして私ばっかり‥ )
痛くて、悔しくて、涙がでる。


「空いてますよ?」
女子高生が、中年男性に話しかけた。
沙都子は、呆気にとられた。
朝、近所の人に挨拶するみたいに、笑顔で話かけている。
一瞬、たじろいだ中年男性は、素直に女子高生の隣に座った。
「‥あんた、すごいねぇ。若いのに‥」
女子高生は、物怖じせず、楽しそうに酔っ払いと世間話をしはじめた。
沙都子は、バクバク心臓が鳴り出し、
いたたまれなくなって席を立った。
駅のトイレに駆け込み、個室のドアをバンっ!と閉めた。
涙がボロボロ出てきた。
怖かったからではない。
無性に情けなくて、涙がでたのだ。


混み始めた車内。
赤い目をした沙都子は、座ってぼーっとしている。
(‥女子高生、カッコよかったな。)
ふと、高校生だった頃の自分を思いかえした。
そこには、素直で無邪気な女の子が楽しそうに笑っている。
無視した今の自分が、物凄い、嫌な奴に感じた。

暗くなった窓に反射して、隣でビジネス本を読んでるオジさんが見える。
もう、嫌悪感はない。
沙都子は、眉間のシワをさする。
いつのまにか、お腹も痛くない。
心がふっと軽くなって、自然に笑みがこぼれた。
沙都子は、横を向き、目が見開く。
オジさんは、読みながら無意識に鼻をほじっている。
ほじり終わった手を沙都子は凝視した。
(その手を私の方におろさないで!!)
心臓がバクバク鳴る。
沙都子は、ゆっくり前に向き直って鼻から長い長い息を吸った。
目をつぶって、ぎゅっと閉じた。
また、眉間にシワがよる。

先は、まだまだ、長そうだ。


5/21/2026, 1:44:03 AM