moooosha

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一般論における平均
つまり「ふつう」という言葉が
彼女は嫌いだった。

何でもかんでも裏返しにしてしまう
ざっくばらんというか無神経な人に
なぜ焦がれてしまったんだろう。

サラダはシーザー派とチョレギ派。
パスタはボロネーゼと和風ペペロン。
炊き込みご飯は好きと嫌い。
社会人になって「飯食お」と
誘われてからも食でさえ
何一つ合うところはなかった。

唯一、一緒だったのが高校、委員会。
そのくらいしか接点がなかったのに
それだけで親友になった。
好き、になった。

同じ制服に袖を通して
2年目の冬に
2人のリボンを交換した。

それは所有の証とかじゃなくて
単純に彼女が赤が好きで
私が青が好きだった、というだけだった。


はじめて会った時から
今まで、彼女の印象は変わっていない。


美化委員会には適当な気持ちで入った。
なんとなく楽そうで
なんとなく内申点がもらいやすそうな
そんな委員会だった。

1番後ろの席に座り
担当教諭が来るまでの間
机の上に堂々と出したスマホで
オセロをやっていた。

先日、押入れの掃除をして以来
うちの家族みんなしてハマっている。
今日こそは、生意気な弟を倒す、と
誓ってAIと戦っていた時。

「渋、今オセロかよ」

風鈴のなるような耳心地の良い声で
ネットの民みたいな
クサしたセリフが聞こえてきた。

「あ、はい、すいません」

青いリボンの色を見るに
一学年上の先輩だ。
名札は……していない。

「謝るようなことじゃねぇけど」

「……。」

空いていた前の席の椅子を
勢いよく引き、後ろ向きに座る。
背もたれに肘を置き頬杖をついて
「やらせて」と口を尖らせた。
どうぞ、とスマホを渡そうとすると

「それじゃあお前、サワ…ムラ?ができねぇじゃん」

と、ひとつ笑った。
強引だけど、笑顔がとても素敵な人だと思った。
自分のゲームを放り出し、ホーム画面へ戻る。
プレイヤーの設定を[2人]に替えて
先行を譲った方がいいのだろうかと考えていると


「黒がいい、クロセだから」

「はい、じゃ、先行ドゾ」

「オシ、ヤンぞ後輩」


美化委員会の担当教諭が
クラスの補習と委員会を同日に
ブッキングしたという理由で
こちらの顔合わせは
「生徒の自主性に任せる」
という伝言を残すまで
いや、残した後も2ゲーム
合計で3ゲーム、私のボロ勝ち
という結果になった。

「クロセ先輩、あの…すいません」

「謝んなよ!腹立つー!なんで負けんだよ!」

「……フフ」

「笑った罰な、も1ゲーム、勝った方が今日の勝ちな!」


「いいですよ」負ける気が
これっぽっちもなかったから
軽口を叩いた。

まさか、4ゲーム目にして
先輩に大敗するとは思ってもいなかった。
「ザマミロ」と目を細くして
いーっと歯を見せてきた先輩は
自分のことを[オセロ女王]と呼べと命令してきた。


「そんなにダサい名前でいいんですか?」

「女王かっこいいだろうが!」

「仰せのままに」

「うむ、よきにはからえ」


初めてこんな気持ちになった。
第一志望校に落ちて滑り止めの
女子高で無難に過ごそうと思っていた。
適当にやり過ごせばいいと、思っていた。

気づいた時には
「次いつ会えますか?」と聞いていた。
自分でも変な聞き方をしたと思った。

「次の委員会じゃね?」と先輩は言った。
そしてサッと立ち上がると「じゃなぁ」
と言って教室を出て行った。

反芻するまでもなく
自分の中で気持ちが動いていることが
わかった。くすぐったかった。
夕暮れも陽が伸びた、そうは言っても
もう暮れ切ってしまう。

他の人が座ったまま
元に戻さなかった椅子を
一つずつ戻して回って驚いた。
クロセ先輩は椅子を綺麗に戻していたのだ。
なんだこれ、ギャップ…可愛いかよぉ。
突然、後ろから、声。


「やっぱさ!オセロやりたい時、呼ぶわ」

「!!びっくりしたぁ……!!」

「あはは!ごめんて!おつかれぇ!!」


わたしは
謝る時に、笑わない。
たった1回の奇跡の勝ちに
[女王]というあだ名をつけない。
初対面の後輩に話しかけないし
ましてやオセロを4ゲームもやらない。

普通じゃないこと
それが彼女らしさ。

女王は教えてくれた。
黒と白、表裏一体のオセロの駒は
誰よりも近い距離に
背中合わせの彼女がいるということ。

8/22/2024, 12:45:52 PM