川柳えむ

Open App

 俺には幽霊が取り憑いている。
 顔をはっきり見たことはないが、長い髪、少し小柄な体型からして、女の幽霊だろう。
 特に何か悪さをしてくるわけではない。
 ただ、急に暗闇から現れたり、ふと顔を上げると離れたところからこちらを見つめていることがあったり、夜目が覚めるとじっと枕元に立っていることがあるくらいだ。
 最近は慣れてしまって、髪に隠れた顔が可愛いといいなぁなんてことを思っていたりする。

 そんな幽霊の声を、今日初めて聞いた。
 何かぶつぶつと呟いている。
 俺のすぐ背後で、今も。
 今までただ見てくるだけだった幽霊が何か言っている。さすがに少し怖くなった。
 何だ。こいつは何を伝えようとしているんだ。
 声はただずっとぼそぼそしていて、はっきりと聞こえない。言いたいことがあるならはっきり言え。きっと、こんなぼそぼそした小声だから怖いんだ。

 出先の、一人になったタイミングで、俺は背後にいるであろうその幽霊にとうとう告げた。
「何が言いたいんだ! はっきり言えよ!」
 すると、さっきまで薄らぼんやりしていたその存在が、はっきりと背中から右肩に頭を乗せているように感じた。いつもより高い位置にいるから、少し浮いているのかもしれない。
 幽霊の頭がすぐ右にある。
 思わずひゅっと喉が鳴った。
 そして、幽霊は口を開いた。

「チャック開いてますよ……」

 も、もっと早く、はっきり教えてくれ――!


『声が聞こえる』

9/22/2023, 8:45:01 PM