香草

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「ひとりきり」

夜は基本的に静かなものだが、夜の公園は一際静けさが目立つように思われる。
昼間の太陽と子供達のエネルギーが幻だったかのように、遊具たちはシンとひっそりとたたずんでいるからだ。
それぞれ動物たちに見立てられ、愛らしい目や鼻が描かれている遊具たちは、風が吹いても鳥がこっそり鳴いても沈黙を保ったままだ。
でもよくよく見ればゾウの滑り台からひょっこりと足が飛び出しているのに気づくだろう。
夜の静けさに気を取られて彼に気付く者はほとんどいない。団地の窓から見下ろす犬だってベランダの手すりに座る猫だって彼に気づかなかった。
少年はゾウの鼻部分に体をピッタリと収まるようにして夜空を見上げていた。同じ色をした黒髪が時折風に揺れる。

念の為言っておくが彼は人生に絶望しているわけでもない。
学校で嫌な事が嫌なことがあったわけでもない。
この年齢特有のセンチメンタルに浸っているわけでも、悦に入っているわけでもない。
そしてさらに言っておくと、少年が見ている空はほとんど星が見えない…いや、少しだけ見える。
でも星なのか飛行機の灯なのか、それとももっと不思議な光なのかも分からないような光だ。
彼はそれを見極めるためにじっと、ただひたすらに空を見つめていた。
遊具たちは彼を闇に匿って、夜空観測を邪魔しないように息を潜める。
ゾウなんて鼻に人が入っているのにくしゃみを我慢し続けている。
少年の体温でだんだんと鼻の内部が温かくなってきた。まだ湿気が残る晩夏だから彼との腕は汗というノリでくっついている。

どれほど時が経っただろうか。
少年はむくりと起き上がって眠そうな目を擦った。
どうやら気持ちよく眠っていたらしい。
夜風が背中にへばりついたTシャツを乾かそうと吹いた。
少年はぶるりと体を震わせるとのそのそと公園を後にした。
たくさんの人が集まり、いろんな目が集まる公園だけれど少年が一人きりでいた夜は誰も知らない。
ただ遊具たちだけが知っている。
ゾウは少年の残り熱を名残惜しく思いながら、大きく深呼吸をした。
強い風が吹いて、ベランダの猫がこちらを見る。
でもそこにはただ一際静かな公園があるだけだった。




9/12/2025, 11:48:39 AM