ガルシア

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 鬱憤を放出するかのように深く息を吐いて、タイプライターから手を引く。長ったらしく面倒な報告書の最後の一文を書き終えたのだ。ようやく帰れる。デスクに手をついて、重い腰を上げた。
 がく、と体重を支えていた腕から力が抜け、俺の体はその場に崩れ落ちる。先程まで身を預けていた椅子に後頭部を打って一瞬喉が唸ったが、すぐに声が出なくなる。胸が嫌な拍を打ち、肌に虫が這っているかのような不快感を覚えて腕を掻き毟った。視界が非現実的な歪みや色彩を訴える。
 慌てて情けなく震える手を伸ばして引き出しを乱暴に抜き、しまっていた小瓶の中身を一気に吸い込んだ。始めこそ快楽のために用いていた娯楽品だったが、今となっては苦痛を抑える薬となっている。しかもその薬を使い続けたところで苦痛は増すばかりときた。最悪だ。
 思考回路を繋ぎ直し始めた頭で、この世の全てに嫌悪感を抱きながら、まだ万全とはとても言えない足を無理やり立たせ扉へ向かう。外の空気を吸えば不愉快な体温の上昇も治まるかもしれない。よろめきながら歩を進めて外へ出ると、いつもは陰鬱な雲に覆われている空に月が白く輝いている。珍しく晴れているようだ。重苦しく黒に塗り潰されたそれを眺めていると、光が一筋走った。
 流れ星か。認識するとともに下らない迷信が頭をよぎる。こんなものを信じて、馬鹿正直に祈っていた頃の自分が恥ずかしくなるほどだ。燃え尽きるチリの断末魔に祈って何になると言うのだろう。願いを叶えられるものなら叶えてほしい。
 どうか、俺を煙のように消してくれ。


『流れ星に願いを』

4/25/2023, 7:34:03 PM