白玖

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[愛があれば何でもできる?]

「兄さんは愛さえあれば人間って何でもできると思う?」
「急に何だよ」
「友達が言っててさ。愛さえあれば人間は何でもできる、それが人間の強さだって。兄さんはどう?」
ズズッとコーヒーを啜りながら妹は兄に問いかけ、兄は手元の本から視線を外さずに淡々と答える。
「Noだな」
「なんで?」
「確かに良い面だけを見てたら大抵の人間がYESと答えるだろうけど、それは『例外』を作った状態での話だろ」
「例外ってなんかある? だって愛があれば人は限界を超えて努力できたりするのに」
「じゃあ妹よ、その愛する対象に『殺して』って言われたらお前は殺せるか?」
「あ……」
「大抵の人間が『希望はある』とか綺麗事を言いながら止めるはずだし、自分の手を汚すことはしないはずだ。そいつが心の底から求めていたとしても、殺すか逃げるかの選択を迫られた時どれだけの人間が前者を選択できる?」
「……少なくとも私だったら止めても無駄だとして、それでも殺してくれって迫られたら逃げちゃうかな」
「そうだ、人間なんてもんは基本的に身勝手な生き物でしかない。そう言い続ける奴らの愛は『自分が想像しえる犠牲しか払わない』という限定的な考えが根底に存在している」
「愛を信じてる人を全て敵に回すような発言しちゃってない?」
軽く苦笑して妹はまたもコーヒーを啜る。
「家族同士のただの雑談だ。誰に聞かれるでもない、敵に回すような奴はここにいないさ」
「確かに」
「愛する対象に殺してと言われてお前が真っ先に思いつくものは何だ?」
「引いたり、可哀想だな、身勝手だー、とか?」
「そうじゃなくて実行に移す想像をして自分に影響を及ぼすもので」
「……刑務所とか、逮捕、とか」
「ああ。愛する対象の望みよりもまず先に自分の人生を考えないか?『この人がいなくなったら自分はどうすればいいのか』『もし望みを叶えたとして殺人犯になってしまってからの人生は?』とかな」
「あぁ、……考えてしまう、かも?」
「今の世の中、人を殺して簡単に逃げおおせられるほど甘くはないし、運良く逃げられたとして、愛を信じきってる奴は実行に移したとしても罪悪感で押し潰されるか自首するかだろ?どの道未来は閉ざされたも一緒だ」
「兄さんは凄い極端に物事を考えるよね」
「そうか?」
「そうだよ」
兄は口元に軽い笑みを浮かべてそれきり黙る。時計の音がカチカチと部屋に響く。

「兄さんは、もし私が殺してって言ったらどうする? 止める?」
ページを捲る手が止まる。
「どうしても辛くて、それを求めてしまうほど終わりを願ってしまったら……」
「なに馬鹿なこと言ってんだ」
「馬鹿なことかな?」
「ああ」
「本当にお前がこの世に希望を見出だせなくて絶望したなら」
「したなら?」
「……唯一の兄妹だもんな」
そう言って兄はようやく目線を妹に合わせ、柔らかく微笑む。

「心中でもなんでもしてやるよ」

5/17/2023, 9:54:42 AM