名前の無い音

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『ファーストキス』


あの頃 何をそんなに焦っていたのか

回りをみると 右も左も
みんなに彼氏がいる……ように見えた

だからわたしも なんとかしなきゃって
焦ってた
友だちに紹介してもらって 一応『彼氏』は出来た

「付き合っていくうちにちゃんと好きになるよ」

なんて 友だちに言われたけど……
なんだか 居心地が良くない

何度目かのデートで
なんとも申し訳ない気持ちになっていた時に
不意打ちでされた キス

紛れもなく ファーストキスだった

私は 頭の中が真っ黒になり
彼を置き去りにして
そのまま帰ってきてしまった

何故だか 泣けて 泣けて 仕方がなかった

ごめんなさい ごめんなさい

彼にも申し訳ない 自分にも申し訳ない
嫌だったのか……わからない
でも しちゃダメだった って
なんとなく思った

それから 彼には会わないまま
音信不通で自然消滅
もう こんな思いは嫌だって思った

それから『彼氏はいらない』って
ずっと言ってた
あの申し訳ない気持ちが 忘れられなくて
ずっとずっと……

でも

ずいぶんたってから
ようやく『好きな人』は出来た
バイト先の先輩 私より少し年上

シフトが重なると 嬉しかった
くだらない話で 沢山笑った
一緒に居ると 楽しかった
『馬が合う』 なんとなくそんな言葉が浮かんだ

ある日のバイト終わりの帰り道
彼と一緒になった
並んで 歩きながら いろんな話をした
すると
「公園のブランコで靴飛ばし大会をしよう!」
と言われ 寄り道することになった

なんとなく もう少し話していたかったから
喜んでついていった

並んで ブランコにゆられながら
話をしていると

「ところで 彼氏はいないの?」

そう聞かれた

その瞬間 あの ザラッとした記憶がよみがえる
嫌な感覚に 自分の顔がひきつってくるのがわかる

「いないっていうか、いらないっていうか……」

濁した答えに 彼は笑った

「さては 何かあったな? 話してみ?聞くよ」

話してもいいものか どうだろう
くだらないと笑われるか
最低な奴 と幻滅されるか
どうしよう……

でも この人には 嘘をつきたくないな

「私は 最低な奴なんです
逃げて 傷つけて 最低な奴なんです」

少しずつ 言葉に嘘がないように
あった出来事を伝えていった

最後まで話を聞いた彼は う~んと腕を組んだ

「つまり その彼のことは
本当は好きじゃなかったんだな?」

私は 黙って うなづく
すると彼は ニコニコしながら こう続けた

「じゃあさ 質問
俺は?俺の事は好き?

ちなみに、俺は君が好きです。

さて ……君の答えは?」

一瞬??と思ったが
何を意味するのかがわかった時
電気が走ったみたいに指先がピリピリした

「あ?え?はい、す……好きです!」

しどろもどろに答える
すると彼は

「わかった?
こーゆーのが、両想いって言うの!」

って笑った
なんだかわからずに あたふたしてる私を見て
笑いながら 彼が近づく

「ごめんごめん
いつ言おうか 迷ってた タイミング難しいな
あらためまして『俺と付き合ってくれませんか?』」

そう言いながら 手を差し出した
その手をじっと見ながら 顔を上げると

「僕じゃダメですか?」

彼が笑う

「ダメ……じゃないです よろしくお願いします」

そう言いながら 私は彼の手に触れた

暖かい

彼は そのまま 優しく私を抱き寄せて

「嫌な思い出は 上書き保存が良いらしいよ?」

そう囁いた

そして そっと
キスをしてくれた

「はい これ ファーストキスね 上書きしといたから 忘れないでな」





あの日

なかなか 忘れられなかった記憶を
今の記憶に ぬりかえてくれた

そんな彼が 私は 今でも忘れられません

5/9/2022, 12:50:26 PM