脳裏
ここはマンションの20階。
おそらく即死だろう。
うちの会社の社長はクズで馬鹿で大っ嫌いだった。
自分は女と酒に溺れてるくせに。
俺らばっかりに仕事を押し付けやがって。
まさに『ブラック』だった。
そんな会社に何十年もいれば
当然我慢の限界だってくる。
だが、金のためにも辞めるわけにはいけなかった。
どうせこんなおっさんを雇ってくれるところなんて
ないだろうから。
―そして今に至る。
ベランダの柵に手を掛け、
飛び降りる準備はできていた。
あとは…
誰かに電話でもしておくか…
そう思い、携帯を手にした。
手にした途端、
プルルルル…
同僚から電話がきた。
「あ、岩崎さん。昨日休んでましたけど、
体調大丈夫ですか?」
どうやらこちらの体調を気遣ってくれたらしい。
「あぁ、大丈夫。この歳になっても無駄に
抵抗力が高いもんでね。」
「無駄じゃないですよ。むしろ羨ましい。」
なぜだろう。
こいつと話していると心が軽くなる。
「…君はさ、死んだほうがましだって
思ったことはあるのか?」
「僕ですか?…ないです。」
「…!」
正直驚いた。
大体みんな辛いとか死にたいとか
思ってるものだと思ってた。
「だって、あんな社長のせいで自分が死ぬなんて
馬鹿馬鹿しいじゃないですか」
彼は淡々と続けた。
「それに、いつかあいつをギャフンと
言わせたいんですよ。だから僕は死にません。
…死ねません。」
「…そうか。
おまえは強いんだな…。」
「なぁに言ってるんですか!岩崎さんのほうが
心も体も眼力も強いでしょ?」
「…眼力は余計だ。」
「あははは!ほんと岩崎さんと話してるときは
楽しいなぁ…!」
「まぁ、元気になったんならまた明日会いましょうね。んで、さっさとあのゴミカスみたいな仕事を終わらせて飲みに行きましょ!」
「…おう。」
電話は終わった。
…空はすっかり暗くなっていた。
あんな社長のために死にません。
…死ねません。
俺は死にたいのに
あいつの言葉が脳裏から離れない。
結局、俺が一番弱いのかな
そして静かに窓をしめた。
速くあいつと飲みに行きたい。
11/9/2023, 2:36:19 PM