バスクララ

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その歌はとても穏やかな気持ちになれる歌だった。
元々は親が歌ってくれた子守歌だったが、平常時でも聴きたいとせがんでよく歌ってもらっていた。
だけど俺が五歳の時、親は事故に遭って亡くなってしまった。
暗い部屋の隅で小さくなってグズグズ泣いていると姉や兄が俺の側に来てその歌を歌ってくれた。
二人とも悲しいだろうに、それでも俺を優先して慰めてくれた。
親に代わって俺を育ててくれた姉と兄に恩返しをしたくていっぱい勉強して、高校も出て、これからバリバリ働くぞという時だった。
姉と兄が亡くなってしまった。
燃え盛る家と運命を共にしてしまったからだ。
助けに行きたかった。だけどもう、手の施しようがないほど炎の勢いは強く、熱気で火傷しそうだった。
消防士が懸命に炎を消し止めようとしてくれたけど、炎の勢いは止まることなく闇夜の天を焦がしていた。
業火に呑まれ崩れ落ちていく家を呆然と眺めているとあの歌が聞こえてきた。
二人が最期の力を振り絞って歌っているんだと悟った瞬間、堪えきれなかった涙がボロボロ流れ落ちて地面に小さな水たまりを作った。
そうして天涯孤独となってしまった俺はあの歌をもう歌うことはないだろう。
両親や姉と兄を思い出すのはもちろん、あの歌は口ずさんだ者をあの世へ連れて行く呪いの歌なような気がしてならないからだ。
ただの偶然だと、馬鹿げた妄想だと断じてもらっても構わない。
でももし俺が歌う時が来たとしたら、それはきっと俺が家族に会いたくて会いたくてたまらなくなった時に違いない。
そんな日が来ないことを願うばかりだがな。

5/24/2025, 12:43:35 PM