雷鳥໒꒱·̩͙. ゚

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―形の無いもの―

道徳の時間だったか、国語の時間だったか、
小学校の時、
『自分の宝物を持ってきて、
それについてスピーチをしましょう』
という授業があった。
普段は学校に持ってきてはいけないものも、
その授業がある日だけは許されるのだという。
低学年だったため、特に何も考えず、
マンガだとか、ブレスレットだとか、
お菓子だとか、昔拾った花だとか、
そういう物を用意する子がほとんど…
いや、ある子を除けば全員そうだった。
3日間の準備期間、何を持ってくるかの話題で
持ち切りだった。
ほとんどの子の『宝物』情報は出回っていたが、
あの子だけは違った。そう、『あの子』だ。
その子は、学年1クールで、まだ小学生低学年だと言うのに
いつもすました顔をしていて、決して騒いだりしなかった。
彼女に声をかけたり、何かした時の彼女の反応は
5パターン。
1,こくりと頷く。
2,右、左と小さく首を振る。
3,かくんと右に首を傾ける。
4,軽く会釈する。
5,冷たい目で相手を見つめる。
彼女が声を発するとき、
それは喋らなくてはならない場合のみ。
ストレートの黒髪を結わずに肩まで流し、
顔つきは他の子より遥かにキリッと大人びていた。
誰かが言った。
息を潜める忍者のようで、とてもかっこいいと。
誰かが言った。
ずっと無表情で何も喋らなくて、お人形さんみたいだと。

とうとうその授業がやってきた。
スピーチは、席の順で、
出番になったら先生の教卓に出て、宝物を掲げながらする。
低学年らしい薄っぺらいスピーチ、
それも皆似たようなものばかりが続いた。
そしてラスト、ようやく例の彼女の番が回ってきた。
それまでガヤガヤとしていた教室も、
彼女が喋るところが珍しくて、シンと静まり、
皆して彼女に注目した。
自分の席を立ち、教卓に向かう彼女を見て、皆驚いた。
何せ彼女は何も手にしていなかった。
きっとスカートのポケットにでも入ってあるんだろう。
誰もが至ったその予想は、難なく裏切られた。
教室中が唖然としている中、彼女は構わず凛とした声で
こう切り出す。
「皆さん、宝物らしき物を手にしていない私に
とても驚いていることでしょう。
家にでも忘れてきてしまったのかと思っている方も
いるでしょう。
でも、私は決して忘れ物をしたわけでは無い。
なぜなら、私の宝物は、『形の無いもの』だからです。
そして『形の無いもの』は持って来ようがない。
だから私は何も持っていないのです。」
その後2分ほど続いた彼女のスピーチをまとめると、
「私に宝物はない。強いて言うならば、今の自分の境遇だ。
私の宝物は、
『私に優しい家族がいることによる幸せ』である。
だからこれからも大切にできるよう、丁寧に生きたい。」
当時低学年だった私には難しすぎた。
でも今ならわかる。彼女の言うことにはとても共感できる。
それにこうも思う。
形の無いものを意識することができ、またそれを
大切にしようと思えることは、簡単にはできない、
とてもすごいことだと。
彼女が忍者だとは思わないが、
こんな人がお人形さんであるはずはないので、
私は『彼女は忍者のようでかっこいい』に1票。

9/24/2022, 1:18:55 PM