徒然

Open App

 好きじゃない。本当は全然好きじゃない。だからすぐにやめられるし、今だってこれを吸い終わったら残りをゴミ箱に捨てることだって出来る。だって好きじゃないから。なんなら嫌いな位だ。
 嫌いだよ。タバコなんて。大嫌いだ。
 臭くて、煙くて、喫煙者に人権は無い。百害あって一利なしとはよく言ったものだ。身体に毒で、吸ってる本人より周りの方が害を被る。最悪な嗜好品だ。
 嫌いだ。そう。嫌いだ。好きじゃないなんてもんじゃない。嫌い。嫌い。大嫌い。タバコなんて大嫌いだ。
 何度も辞めようと思った。何度もゴミ箱に捨てた。
 虚しくなって、嫌になって、空っぽになったタバコの箱を見る度に、君がもう居ない事を思い出すから。
 コンビニに走って、18番を頼む。君の吸っていた銘柄。私にはちょっとキツイ。タバコが苦手だから、口に煙を含んでも、肺まで入れない。口に含むだけでも臭くって、苦くって。
 むせ返るタバコの匂いに、それでも安心感を得てしまう。ダメな女。恥ずかしい女。未練がましいったらありゃしない。
 君が他の女と寝ているのを見てしまった。
 腹が立って、近くにあった目覚まし時計を投げたら、君の頭に当たって怒鳴られた。怖かったけど、怒鳴り返して、脱いでた服を外に放り投げてやった。女のハイヒールも、ブラも全部。
 窓の外じゃなく、廊下にしてあげたのは優しさだ。夜中だったし、誰も見てないだろう。わかんない。私たちの喧嘩する叫び声でお隣さんは起きてたかな。今となってはどうでも良い事だ。

 クズ男だった。ヒモで、私が居ないとダメで、私が支えていた。そう思っていた。
 浮気だって知ってた。見ないフリをしていただけ。現場を見ちゃうと許せなかった。溜まっていた怒りが爆発して、とめられなかった。

 あれから君は帰ってこない。当たり前だ。別れたんだから。
 連絡一つ寄越さない。当たり前か。私は金ヅルだったんだから。
 虚しさしか残らなかったのに。別れて正解だったのに。君の残したタバコの匂いに縋っている私は惨めだ。

 最後の一本に火をつけた。今度こそ、本当にこれで辞めるんだ。
 タバコは好きじゃなかった。でも、君が吸っているのを見るのは好きだった。タバコを吸う君の横顔が、タバコ臭い君の体臭が、タバコを吸う仕草が、指が、口元が。タバコで苦いキスの味が。全部好きだった。好きだったんだよ。
 もう全部無いけれど。このタバコの煙のように白いモヤでかき消される。思い出だったのだと消えていく。
 タバコが燃えて残るのは、燃えカスと吸い殻だけ。
 でも、私は吸い殻になんてなりたくないから。このタバコと一緒に君との思い出も燃やしてしまうんだ。燃えカスになった思い出に興味は無いし、
 吸い殻はキチンとゴミ箱に捨ててしまえる女だから。

 タバコが燃え尽きる。長く息を吐き出す。苦くて臭い白い煙を吐き出した。灰皿に押し付けて、思い出も一緒に消火して。
 ゴミ箱へ捨てた。灰皿と一緒に。
 もう君も、君の思い出も要らないから。

#好きじゃないのに

3/25/2024, 6:09:13 PM