【私の名前】
世界が魔族に支配されていた時、私は異世界から来たという「勇者」と旅をした。
彼は不思議な男で、まるでこの世界のことが全て分かっているかのような口振りや行動をよくしていた。
彼は「僕の初期スキルだよ」と軽く笑っていたが、基本的に強いスキルにはそれ相応の条件やデメリットがある。
一応未来を見通したりするスキルなども存在はするが、大体かなりの制約があって1回発動するのに大掛かりな準備が必要だというのに彼のスキルにはそれらの条件が特にないように感じられた。
彼が度々話す「異世界」という場所の話も中々興味深く、素直に楽しかった。
ある日、彼は魔族の呪いによって身体を蝕まれた。
少しずつ弱っていく彼は大事に首から下げていたペンダントを私に託し、「後は頼む」と言って息を引き取った。
そのペンダントは「勇者の証」という国王から渡されたという代物で、コレを持っていれば色々と役立つらしいという話を昔聞いた。
そして私は「勇者」になった。
「彼」のような別れが嫌だからと仲間は作らず、ひたすら強さを追い求めた。
そして十数年掛けて魔王を討伐し、人々からは「世界の英雄」と呼ばれた。
町を歩く度に感謝され、私は莫大な富と地位と自由を得た。
何十年と時間は過ぎ去り、魔族に支配されていた時代を知る者はほんの僅か。
平穏な日々が続いたお陰で英雄の名は人々の記憶から段々と消えていった。
私は本当の名前で呼ばれることがなくなり、私自身も本当の名前を思い出すことができなくなった。
私の名前は「勇者」であり、「世界の英雄」だった。
それが今じゃ過去の栄光に縋り付くだけの哀れで醜い老人。
…私は一体、誰なのだろうか。
7/21/2024, 1:47:29 AM