#どこ?
コール音がぷつりと途切れる。
「なあ、今どこにいるんだよ?」
開口一番、おれは姉ちゃんに尋ねた。
キッチンでは母さんが夕飯の準備をしている。午後七時。部活ならとっくに終わっている時間だ。
「今日は鍋だから、母さんが早く帰ってこいってさ」
姉ちゃんのことだ、いつもみたいに友達とおしゃべりしているに違いない。おあずけを食らう身にもなってほしいものだ。
「…………?」
そこで、おれは首を傾げた。受話口の向こうからは何の声も返ってこない。聞こえてくるのは抑えたような息遣いだけ。
「姉ちゃん?」
一度スマホを下ろし、ディスプレイを見る。ちゃんと姉ちゃんの名前になっている。……それなら、どうして、何も答えないのだろう?
再びスマホを耳に押し当てる。受話口の向こうは不気味なほど静まり返っていた。押し殺すような呼吸が耳の細かな産毛をちりちりと逆立てる。
「おい、悪ふざけはやめろよ」
呆れ半分、怒り半分でそう言ったときだ。
「ただいま~」
突然、リビングのドアが開いた。
「ごめーん、遅くなっちゃった」
きまり悪げに笑いながら、姉ちゃんが母さんに謝っている。その手には学生鞄と——スマホが握られていた。
おれの耳には、だれかの吐息が聞こえ続けていた。
3/19/2025, 3:11:53 PM