千歳緑

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1つだけ



 少年は飴玉を1つだけ、盗んだ。
 露天商の主人が目を逸らした隙に、山積みにしてあったものを。
 皿の上で太陽光に当たりきらきらと輝く、赤や緑や黄色の球体は、貴族が身につける宝石のように綺麗だった。
 貧しい家に生まれた少年は、甘味なぞ食べたことがない。美しい飴玉は、憧れの塊だった。

 きっと、1つだけなら分からない。

 気がつけば少年は右手にそれを握りしめ、走っていた。
 何色を盗んだのかは見ていなかった。
 街の路地裏に隠れて、手を開こうとした時。

「おい、そこの」

 血の気が引いた。見回りの兵士だ。
 厳つい顔に、腰に剣を下げている。大柄なその姿は少年に近づくと暗い影を作った。

「手を出せ。両方だ」

 少年は震えながら言われた通りにした。
 取り上げられる、だけで済まないだろう。両の手を切り落とされるかもしれない。
 恐怖に目をぎゅっと瞑って、手を開いた。



 重みを感じた。
 恐る恐る、まだ繋がっている手を見るために、目を開けた。
 飛び込んだのは、色彩。
 赤、緑、黄色。光が当たる球体が、たくさん。溢れんばかりに。
 少年の手の中に、確かにあった。

「2度目はないぞ」

 呆ける少年に耳打ちすると、厳つい顔の兵士は去った。
 その後ろ姿に、何度も何度も礼を言う。
 安堵と喜びと反省とが混ぜ込んで、ただ泣いた。



 手の中で、最初に盗んだ飴玉は何色かわからなくなってしまった。
 1つだけの小さな罪は、大きな優しさで塗り潰されたのだから。

 

4/3/2026, 2:01:07 PM