時刻は午前8時半。そろそろ授業が始まるが、藍佑(あいすけ)は教室とは反対の方向に歩いていた。教室にいても、なんとなく居心地が悪い。今は、誰かに何かされているわけでもない。
しかし過去を思い出すと、どうしても教室に居るのが苦手だった。
ぽりぽりと首を搔きながらゆったりとした足取りで校舎裏へと歩いていこうとした。
「おや?どこへ行くんだい?教室はあっちだよ!」
ゆっくりと視界を動かすと目の前には、自分より少し背が高く、腰に手を当て通せんぼのように立つ髪の短い男子が居た。
「今から授業だろう?一緒に教室へ行こう!」
キラキラと目を輝かせて藍佑の目の前に近づいてくる。
「...僕、体調悪いから保健室行こうと思って」
「それは大変だ!ボクも一緒についていくよ!」
「あ、いや一人で行けるから」
「油断禁物というだろう!途中で倒れたら誰にも助けてもらえないぞ!」
「大丈夫だから...僕行くね」
藍佑はすっ、と右に避ける。すると、彼も右に避ける。
今度は左に避ける。すると、彼も左に避けた。
藍佑は彼の顔を見る。
「すまないね!偶然君と同じ方向に避けてしまう!」
悪気があるのか無いのかなんてすぐにわかる。
(コイツ、わざとだな)
「...退いてよ。僕通れないんだけど」
「すまない!ボクも避けたいのだが同じ方向になってしまってね!」
「はぁ......そこ動かないでね」
藍佑はそう言って横に避けようとすると、彼は、すっと前にやってきた。
「...そこ動くなって...」
「本当に退いてほしいなら、押し退けてでも行けばいいんじゃないかな?」
藍佑が怒りに任せて言葉を放とうとした時、彼は涼しくそう言った。
先程声をかけられた時と変わらない、その目で。
「......そんなことしたら、怪我するよね。わかるでしょ」
「退いてほしいんだよね?」
何故そうしない?と彼は少しだけ、詰め寄るように言った。
「...だからって押すのは...」
「君には出来ないんだよね」
だって、君は優しい人だから。
「君は優しいから見ず知らずでも、ボクに怪我をさせたくないんだろう?優しいね。君は人の痛みがわかるんだ」
藍佑は音が止まったかのようだった。面食らったってこういうことを言うんだと、そんなことを思ってしまった。
「でも大丈夫、安心してくれ!ボクは押されても動かない!試しに押してみてくれ」
藍佑は急に世界に戻された。押す?
「...押す...?」
「そう!」
おいでと言わんばかりに腰に手を当てて立つ。
恐る恐る肩の辺りを押してみるがびくともしない。両肩を押しても動かない。肩を入れて踏ん張ってみたが動かない。
体全体で押しても一歩も動いてくれなかった。
「...っえ、岩?」
「ははは!ボクはバスケ部に属していてね、体幹を鍛えているんだ!凄いだろう?」
胸に手を当ててドヤ顔をしている彼をちょっとだけムカつく顔だなと思ってしまった。しかし同時に、こんな岩みたいなやつもいるんだなと少し面白いと感じてしまった自分もいた。
「さて!これだけボクを押す力があるなら元気だよね!」
パチン、と両手を合わせ、藍佑を見つめる。しまった、と気づいた時にはもう遅く彼の手は藍佑の手をガッチリと掴んでいた。
「教室に戻ろう!これから君と隣で授業を受けられるなんて嬉しいよ!」
「は、隣?え、ちょ、離せって.........力強ッ...!?わ、は、離せってぇぇ...!!」
藍佑は脱出を試みるが彼の力は強く、ずるずると引きずられていく。
「これからよろしくね、藍佑!ボクの名前は山吹(やまぶき)!学級委員長だよ!」
「そんなの知らなくていいよおぉぉ」
しばらくすると学校内で、問題児が学級委員長に片手で引きずられていった話が広まっていった。
お題 「星」
出演 藍佑 山吹
3/11/2025, 10:43:54 AM