『海の底』 (シン・ゴジラ)
海へと沈められた核廃棄物の中に私は押し込められている。核の毒がこの身を蝕み命を奪い、残ったそれがもはや人の体ではなくなったためだ。核の呪縛が解けるのには長い時を要する。地上の夢を見ては暗い海の底で目覚めて落胆する日々の繰り返しは、見慣れない生物の来訪によって終わりを告げた。細長い魚のような形の生物は核廃棄物に近づくとそれらをついばみ始める。核の毒をもろともしない恐るべき生物は日を追うごとに姿形を肥大させていき、ついには私の身体も捕食し始めた。ただ時が過ぎるのを待つだけだったこの身がなにかの糧になるとは。驚くと同時にほんのりと嬉しかった。
『待たせたな』
その生物の一部となった大勢の中から聞き覚えのある声が脳裏に響く。遠い記憶に違いがなければ、それは私の夫の声だった。
『あなたも食べられてしまったんですね』
『おまえに会うためにはこうするのが最適解だったんだ』
『相変わらずのせっかちですこと』
ふふ、と笑い合う気配を感じる。核廃棄物を食べ尽くした生物は次の食料を求めて海の底から浮き上がり、夢にまで見た地上を目指すようだ。核の毒は撒き散らされることになるけれど夫は策を遺したと言う。
『だから思うままに、好きにするといい』
『……わかりました』
海から陸へ、そして空へと進む姿を想像する。鰭は手足となり、手足は翼となる。暗い海の底から陽の光差す大地と大空へ、私たちは進み始めた。
1/21/2024, 8:11:59 AM