"形の無いもの"
電車のボックス席に座って一息吐き、窓を見る。窓に映る俺の顔を見ると、頬にキラリと光る一筋の糸のようなものが通っていた。
俺、泣いてた…?
いや、《泣いてる》の方が正しいだろう。目元を見ると、今も目から涙がポロポロと零れ落ちている。指で頬を優しく撫でる。きっとあの町の事は、一生忘れないだろう。訳の分からない事件に巻き込まれて、不思議な体験をして憔悴したのもそうだが、その中で自分自身を見つめ直して、自分が思っていた以上に心に溜め込んでいて、苦しんでいて。それまで何をすればいいのか分からなかった。けれど、心を大切に進もうと思えた。そしたら急に道が開けた様に《やりたい事》《やるべき事》が分かって、おかげであの町に着いた時よりも心が暖かい。来る前より俺自身が好きになった。
これからずっと辛い事や苦しい事があるかもしれない。けれど、だからって見て見ぬふりをするのは、自分の心に嘘をつくのと同じ、自分の心を傷付けるのと同じ。《あいつ》と約束したんだ。《もう1人ぼっちにしない》って。たとえどんな現実が待っていようとも、逃げず背けずしっかり向き合って、前へ進み続ける。それに、俺より若いのに、あんなのと幾度も戦っている皆に合わせる顔がない。
いつか《やるべき事》を片付けたら、会いに戻ろう。笑顔で。
再び窓に映る自分の顔を見る。そこにはもう、以前の《花家大我》はいなかった。
9/24/2023, 10:55:19 AM