NoName

Open App

木漏れ日



ひとりで旅に出た。

自分を見失った気がしたから。



頭の中のごちゃごちゃを、

一旦、すべてわたしから降ろしたくて

最低限の荷物を背負って、田舎道を歩く。



ここは、自然がいっぱいだ。

どこまでも青く広がる海、高く優雅に空を泳ぐ鳶。

生き生きとした緑が生い茂る山々。



目的もなく、ただただ歩いている。

それなのに気持ちのモヤモヤが

すっ、とどこかに消えていくようで。






しばらく歩いていると、

緑に囲まれた広場の、大きな大きな木に出会った。

木の根元に腰を下ろして、水を飲む。

木に背中を預けると、なんだかじんわり温かかった。



ここは、すごく息がしやすい。



時間を忘れて、心地よく吹く風に身を委ねていると

小さな男の子と目が合った。

こんにちは、と声をかけると

ほんわりとした笑顔を浮かべ、こちらに近づいてきた。

どうやら、ここへは毎日来ているらしい。



しばらく、ふたりで話をした。

学校でこんなことがあったとか、兄弟が何人いるかとか

そんなたわいのない話ばかりだ。

でも、すごく心が軽くなった気がした。



もうそろそろ帰らないと、と少年が言った。

そして、仲良くしてくれたお礼に、

何やらいい事を教えてくれると言う。



水をすくうように、手のひらを出してみろと言うのだ。

その子の真似をするように、隣で同じポーズをとる。



すると、わたしの手のひらの上には

木の葉の間から降り注ぐ光の粒が、たくさんあった。



『 光の宝石みたいでしょ! 』

にっ、とこっちを見て笑うその子に

そうだね、と笑顔で応えながら、

なぜか、無性に泣きそうになった。

何かすごく大切なものを教えてもらえたように感じた。



この手の上に、たくさんの大切なものがある気がして

この手を降ろしたら、それが全部消えてしまう気がして

見失っていたものを取り戻すかのように

必死に、それでいて優しく

手のひらいっぱいにすくって

わたしの胸へと抱き寄せた。


少年は、それを不思議そうに見ていたが、

にこにこしながら、わたしの真似をした。






その子に手を振り、見送ったあと

再び、わたしは木に背中をあずける。

やはり、じんわり温かい。

そして今は、

あの子のおかげで、心もぽかぽかだ。


もう少しだけここにいよう、と

やさしい木漏れ日に包まれる。


もう一度、光の宝石をすくいあげながら、

あの子と、わたしの、この先歩む未来が

明るいものでありますようにと願って。

5/8/2025, 8:00:06 AM