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狭くて暗い部屋は無機質で、何の感情も湧かなくていい。部屋に散らかった紙や壊れた思い出の品も、暗ければ見えない。
唯一何も散乱していないベットの上で膝を抱え、俺はただ日々が過ぎるのを待っていた。
もう何もする気が起きなくて、いっそこのままこの部屋で最後を迎えればいいとさえ思った。
振り払われた手と無関心だとでも言うような冷たい瞳、そうなると昔から知っていたはずなのに諦めず縋りついていた自分がその瞬間、無意味とかした。
嗚呼、これから何をすればいいのだろう。
思えば人生の大半を俺は無駄にすごしたのではないだろうか。遠く輝く背中に手を伸ばし続ける日々は、滑稽でしか無かったのではないか。
ぐるぐると回る思考と負の感情が頭を埋めつくし、締め切られた部屋の空気を重くする。
真っ暗だな。何も見えない。もうここで一生を過ごそうか。そうだ。それがいい。そうすれば二度と傷つかずに済む。狭い部屋に一人膝を抱えて過ごし、傷つくこともなければ悲しむこともない。なんと幸せな終わり方だろう。
本格的にそう考え始めて、ならもう眠ってしまおう。そう思った時、
ガチャ
と、扉を開ける音が部屋に響いた。

「うっわ。何この部屋めちゃくちゃ散らかってんじゃん!」

ガコと何かと何かがぶつかる音がするが、光の眩しさで目が開けられない。突然聞こえてきた声に驚きながらも、入ってきた人物を確認しようと薄く目を開く。
視界に飛び込んできた人物に、俺は情けなくも唖然としてしまった。

「君の今の顔、鳩が豆鉄砲食らったってやつだね!」

思い切り歯を見せて笑う男は、後ろからの光も相まってまるで神か救世主のような登場の仕方だった。
その光の眩しさが目に痛くても、まじまじと彼の顔を見てしまう。
ずっと何も言わない俺に流石に気まずさを覚えたのか、男は首に手を当ててから

「げ、元気?」

とはにかんだ。元気なわけねぇだろ。と返そうとした喉は何日も閉じこもっていたためか掠れて声が出ず、それに対し彼は眉間に皺を寄せる。
散らばった紙や物をかき分けるでもなく、彼はズカズカと俺の狭い部屋を進みベットの前まで辿り着いた。
それ、結構値段する物なんだぞ。と床に落ちている踏まれた数々のものを思いながらも彼の顔をうかがう。
近くに来たことで暗くなり見えなくなった彼の顔が、なんとなく歪んでいる気がした。

「…あのさ、君こんな狭い部屋に閉じこもるタイプじゃないでしょ。」

この部屋に入るための鍵はどうしたとか、この狭い部屋はマンションの部屋の一室なんだぞとか。言いたかったことは多くあれど、彼の一言で俺は何も言えなくなってしまう。心配しているんだと声色からでもわかってしまったから。
ボスっとベッドに片膝を乗り上げた男は、這うように俺の近くまで来る。殴られるのだろうかと身体に力を入れたが、衝撃はいつまで待っても来ることはなく。代わりに散乱した部屋がはっきりと見えるようになった。

「君、遮光カーテン禁止ね。部屋くらすぎ。」

隣に片膝を立て座り、後ろの窓に背を預けた男の顔が呆れたように見える。
先程までの暗くてジメジメとした気持ちの悪い部屋が、光と窓を開け放ったことによって爽やかな空気に変わった。
部屋、狭くないな。他に思うとこあるだろと言われるかもしれないが、俺の第一の感想はそれだった。

「君の部屋が狭いわけないだろ。ここ月何万の部屋だと思ってんだ馬鹿。」

その場に立ち上がった男がふんっと鼻を鳴らして窓の外を眺める。ほら絶景だぞ。と言われるままに窓の外へと目を向けた。

「世界は広いんだ。こんな狭い部屋でジメジメカタツムリのように過ごすんだったら、僕のやりたいことリスト第一位の世界一周旅行にでも付き合ってもらうぞ。」

ベットで立つなんて行儀が悪い。よく見ればドアの外にはでかいスーツケースが横たわっていた。
キラキラと輝く太陽が、広くて暖かい青空が、光を反射するビルが、緑の木々が、目の前の友人が。全てが俺の気持ちを軽くするのに十分なものだった。

「ほら用意!飛行機取ったんだからな!」

ベットから降りて振り向き、律儀にも手を差しのべてくる友人に思う。馬鹿はお前だろ。と。そして、いつまで経っても適わねぇなと。
自然とこぼれた笑みに友人が固まっている間に、俺は差し出された手を力強く握った。


【狭い部屋】

6/4/2023, 12:40:27 PM