るね

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BLです。苦手な方はご注意ください。
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【ただ君だけ】





「あー。マジかよ、ふざけんな」
 つい溢れ出てしまった悪態に、同僚たちが何人かギョッとしてこちらを見た。すぐに口を閉じて表情を消した。『今の、聞き間違いだよな?』という視線のやり取りが交わされて、結局誰も何も言わなかった。

 いけないいけない。気を付けないと。『マジかよ』だとか『ふざけんな』なんて、相応しくない物言いだった。

 だって今の僕は侯爵家の三男であり、社交界では『金の薔薇』と呼ばれる見目麗しい貴公子ロドリック・カルヴァートなのだ。この王国魔法薬研究所の筆頭薬師。いくらか無愛想ではあってもガラの悪い男ではない。

 4歳の時に前世を思い出してからずっと、僕は頑張ってきた。あまり庶民的すぎる言動をしないように、貴族の社会に馴染めるように。

 自由を失うことは避けたくて、我儘を通せる立場を手に入れようと奮闘した。薬神フェネル様から授かった加護を活かしつつ、勉強もして実績を積み上げてきた。
 今なら僕がちょっと脅せば、かなり無理なことも叶うだろう。

 だけど、この話はきっと拒めない。僕は手元の紙に視線を戻した。要約すると『第三王子との婚約が決まった』そう書かれている。姉や妹の話じゃない。僕が婚約するのだ。

 大きすぎる力を持つ僕を王家に従わせるためだ。この国には王女がいないし、法律は同性婚を認めている。王子の結婚相手が同性というのは異例ではあるけれど。

 僕は少しばかりやり過ぎたのかもしれない。瀕死の人間が飛び起きるような薬は作るべきじゃなかった。王子をひとり犠牲にしてでも、僕の行動を制限したいのだろう。

 そう、思っていたんだけど……

 久しぶりに会った第三王子、僕と王立学院の同級生だったアーネスト殿下は、僕を見てうっとりと笑った。
「ああ、良かった。ちゃんと来てくれたね、ロドリック。金の薔薇は今日も綺麗だ」

 なんだか様子がおかしい。
「あの……この婚約は政略的なものなのですよね?」
「誰がそんなことを言ったんだい?」
「え?」

 アーネスト殿下が僕の手を撫でた。
 どういうことだ。まさか……
「私が欲しいのは、隣に並びたいのは、一緒に生きたいのは、ただ君だけだよ、ロディ」

 僕の能力のせいではなく、この人が僕を望んだから決められた婚約なのか。本当に?
「僕をこの国に縛り付けるための嘘なら、おやめください」
「酷いな。信じてくれないのか」

 信じろと言う方が無理だ。その時はそう思ったんだけど。僕に向かって『君が信じてくれるまでじっくりと口説かせてもらう』なんて宣言したアーネスト殿下は、会うたびに愛を囁いてきた。

 その表情は、言葉は、ただの演技には見えなくて。もしかしたら本気なのかと思うようになり、会えないと物足りないと感じるようになっていった。

 婚約から半年。アーネスト殿下の隣が居心地良くなってきた自分を否定できない。指先にキスをされても動じなくなった。すっかり絆されている。

 でも。きっと結婚したら今のようには口説いてくれなくなるだろう。それはなんだか寂しいような。

 だから、もう少しだけ。
 まだ信じきれないフリをしていたい。


5/12/2025, 10:03:10 PM