第四十四話 その妃、掌握す
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それが本物か偽物か。言い合いを始める脳無しどもを満足げに見渡してから、女は声を大にして笑い声を上げた。
「そんな悠長に真偽を確かめたいのなら、お望み通り叶えて差し上げますわ」
そして、迷わずその黒い球を放り投げた。
慌てふためき、真っ先に出口へと向かう様は、生への執着心が濃く且つ滑稽であった。
「残念。此方は偽物でしたわねえ」
腹を抱えながら笑う女は、続けて袖の中に手を入れる。
「さて、次はどちらだと思います?」
その突如、耳を劈くような爆音と共に大地が大きく揺れる。
その場の全員に緊張が走った。けれど目の前の女だけは、全て見通しているかのような安らかな瞳を携えている。
それをまざまざと見せつけられた挙句、さっきの今だ。爆音や地震の原因は爆弾だと、思わない奴がいたらそれこそ本物の“脳無し”だろう。
「因みに、今のはどこの爆弾が爆発した音か」
「結構近かったので、城の敷地内では?」
「他にも仕掛けているのか」
「それはもう。暇しておりましたから」
ざわめきと恐怖で空気がひりつくのが、焦燥と後悔が思考に蔓延るのが、いやと言うほどによくわかる。
女は、確実に脳無しを掌握したのだ。
「天晴れだ。子規の妃よ」
手を叩いて賞賛を表す。
異様な雰囲気の中、全ての視線が集まった。
だから、脳味噌がなくてもわかったであろう。思い出したであろう。
今、この場の最高に立つ人間が、一体誰であったかを。
主導権を握られた事への不快感は表に出さぬまま、女は「光栄ですわ」と笑顔を絶やさない。
「そなたのおかげで、如何に己が無能か、我を含めこの場の全員が思い知った事であろう。改めて此方の非を認めよう。そなたが求めるのであれば、国中に公表してもよい」
「その必要は御座いませんわ」
「では褒美はどうだ。この帝が、そなたの望む物を与えようではないか。必要とあれば、“橘”へ直接出向いてもよい」
「……“橘”?」
「きっとそれだけでは足りぬであろう。だが、どうか今は、この国の民を守るために譲歩してくれぬか。そなたも、不必要な殺戮はしたくなかろう」
「まだ、あなたはわかっておられないようだ」
溜め息が落ちると、それまで笑みを絶やさなかった女から一切の感情が抜け落ちた。
「あなたの首だけで足りるとでも? どれだけ御自分の価値が高いとお思いか」
その違和感に、ぞくりと鳥肌が立つ。
まるで、別人になったかのようだった。
「この世の全ては、あるべき所へと帰らねばなりません。物も、人も、それ以外も。それが、理というもの」
しかし此方への動揺など一切関係なく、女は悪人面でもう一度笑みを浮かべながら、両袖に勢いよく手を突っ込んだ。
「悪人は悪人の帰る場所へ。元々在りもしないのですから、この国も滅ぶべきでありましょう?」
次に出てきたその両手には、まさに悪人が好きそうな大型の爆弾が着火した状態で持たれていた。
「この国の全員の調べはついておりますので、命を落としたくない方は、重々身の振り方にご注意くださいな」
悪女の最後の忠告は、恐らく誰の耳にも届いてはいなかった。
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3/15/2024, 9:12:49 AM