今日のテーマ
《あなたがいたから》
「間に合った!」
階段を駆け上がり、ぜーぜーと息を切らしながら電光掲示板を見上げる。
そこには予定の電車を示す表示。
それを確認したのと同時、構内に入線を知らせるアナウンスが流れる。
隣で同じように息を整えている親友と顔を見合わせ、小さく拳を合わせて喜びを示し合った。
今日は大事な試験の当日。
昨日は不安で寝つけなかったこともあって、結局起き出して明け方近くまで悪足掻きのように問題集に齧りついていた。
おかげでものの見事に寝坊した。
そしてこいつは、時間になっても待ち合わせ場所に現れない俺をアパートまで迎えに来てくれた上で叩き起こし、こうしてあわや遅刻するかという事態に巻き込まれてくれたというわけだ。
これで間に合わなかったら謝っても謝りきれないところだった。
「いやあ、それにしても、間に合って本当良かった。迎えに来てくれなかったら詰んでたよ。ほんとにありがとな」
「待ち合わせ時間、余裕持たせといて正解だったでしょ」
得意げに告げられた言葉に深く頷く。
俺の寝坊まで見越してたわけじゃないだろうけど、待ち合わせ時間にかなり余裕を持たせていたことで、こうして遅刻ギリギリラインの電車には間に合ったわけだ。
しかし俺が感謝しているのはそればかりではない。
「それもだけど、先に行ってても良かったのに、わざわざ家まで来てくれるなんて」
「だって携帯に電話しても出ないし」
だから、もしかして寝坊してたり体調を崩してるんじゃないかと家まできてくれて、アラームにも着信音にも気づかず寝こけてた俺をアパートのドアをガンガンぶっ叩いて起こしてくれたというわけだ。
それがなかったらきっと俺は今も夢の中だったに違いない。
見捨てて先に行くという選択肢もあったはずだ。
家に寄って起こしてくれたところまではともかく、その時点で俺を置いて先行していれば、こんなに息を切らしてギリギリの電車に乗る羽目にはならなかっただろう。
それなのに、お人好しのこいつは、俺が慌てて身支度している間に、勝手知ったる俺の部屋で試験に必要な受験票やら筆記用具といったあれこれを一通り鞄に詰めてくれたりと甲斐甲斐しく準備まで手伝ってくれたのだからいくら感謝してもし足りない。
そういったことを話しながら改めて礼を言うと、にこにこ笑いながら首を振った。
「だって今こうしてここにいられるのはあなたのおかげだし」
静かな眼差しといやに真剣な表情で見つめられ、何の話を指しているのか察する。
子供の頃、危うく死にかけたこいつを助けた時のことを言ってるんだろう。
親御さんにも命の恩人だって散々言われたけど、俺自身はそんな大袈裟なことをしたとは思ってない。
友達が高所から転落しそうになってたら助けようとするのはごく当たり前のことだろう。
まあ、あと少し大人が駆けつけてくれるのが遅かったら俺も諸共落下してたかもしれなかったし、親からは後先考えろってこっぴどく叱られたけど。
「今までだって散々世話焼いてくれてるんだから、もう充分すぎるくらいあの時の恩は返してもらってるだろ」
「そうかな? 全然返し切れてる気がしないんだけど」
「そんなことないって。俺は助かったけど、例えば今日の試験が間に合わなかったとして、これでおまえまで巻き添え食らわしてたら、謝っても謝りきれないし、後悔してもし足りない」
「でも、あの場でこっちが先に行ってたら『間に合わない』って諦めてたでしょ」
それは確かにその通り。
家を出た時間は全力疾走しても間に合うかどうか微妙なラインで、俺一人だったら途中で諦めてた可能性は否定できない。
巻き添えを食らわした上にこいつまで遅刻させるなんてあっちゃならないと思えばこそ、息が切れても脇腹が痛んでも、足を止めることなく駅まで走り切れた。
「恩返しどうこうってのはともかく、こっちだけ間に合っても意味ないしね」
「それはそうかもしないけど」
もともと今日の試験は俺が一緒に受けようと誘ったもの。
それなのに肝心の俺が遅刻して受けられなかったりしたら本末転倒ではある。
「おまえがいてくれてほんとに良かった。ありがとな」
ホームに滑り込んできた電車の音で聞こえなかったかもしれない。
そう思いながらちらりと横目で窺えば、嬉しそうに顔を綻ばせてる。
どうやらちゃんと伝わったらしい。
そうして俺達は遅刻寸前ではあったものの試験の時間には無事間に合い、揃って満足のいく結果を出すことができたのだった。
6/21/2023, 6:13:24 AM