いろ

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【放課後】

 放課後の誰もいない教室で、ルーズリーフにシャーペンを走らせる。窓から差し込む夕陽の鮮やかな橙色の光が、世界を鮮やかに染め上げていた。
 この時間だけは、私は自由だ。剣を手に取り戦うお姫様の物語、美しい神様に恋をした少年の物語、たわいもない日常を過ごす学生たちの物語……私の想像した世界が、どんどんと形になっていく。わずらわしいことの全てを忘れ去れる。
 不意に隣の席に誰かが腰掛ける気配がした。図書室で借りてきたらしい本を君は無言で開き、黙々と読み進める。いつものことだ。話しかけてもこないのだから、わざわざこの人気のない教室で私の隣に座る必要なんてないなずなのに、いつだって君はそうだった。
 人がいる空間は嫌いだ。だけど君が隣に座るこの時間は、それほど嫌ではなかった。奇妙な温かさが胸を包み込む。気持ちが和らいで、綴る物語も美しく優しいものへと変わっていく。
(私は君のことが、案外好きなのかもしれないな)
 物語ならこの感情は、間違いなく『恋』と定義づけられるものだろう。いかんせんここは現実で、私にはこの穏やかなばかりの安らぎを恋と称することに対して、いささかの抵抗があるけれど。
 私のシャーペンが文字を刻む音と、君が本のページをめくる音。二つの音が奏でる旋律に耳を傾けながら、私はただ物語を紡ぎ続けた。

10/12/2023, 10:38:45 PM