しぎい

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引っ越しあるあるだけど、初めて行くスーパーマーケットの買い物の帰りに、案の定迷子になった。
自慢じゃないが私は方向音痴だ。それも超とかドがつくほどの。

だから徒歩三分圏内のスーパーマーケットからの帰り道も分からず、かといってまだ馴染まない土地の人に道を尋ねる勇気もなく、ずっと周辺をうろうろしていた。道を尋ねるにしろ、まず何をどう尋ねていいのかすらわからない。

両手に重たいビニール袋を持って途方に暮れていた私の横に、黒い車が横付けされた。
止まるスピードはゆっくりだったが、前面や側面はもちろん、後部座席の窓にもスモークが施されている車の不審さに私は驚いた。思わず一歩身を引く。

運転席の窓がすーっと音もなく下りる。そこから顔を覗かせたのは、黒いマスクをした年齢不詳の男。
男は私を頭の先から爪の先まで舐めるように見た。そして目を細めた。笑ったのだ。

蛇に睨まれた蛙のようになっていた身体を何とか叱咤して、その場から逃走を図る。それと男が後部座席に何かの合図を飛ばしたのは同時だった。

後ろのドアが勢い良く開け放たれ、男たち二人が私に立て続けに襲いかかってきた。マスクで顔を隠しているが、その男たちのマスクは運転席の男のものと違い、多く流通している一般的なものだ。

羽交い締めにされ、そのまま車に連れ込まれそうになる。
もう三日分の食料なんて知るか、と私は質量があるビニール袋を男たちの顔面にぶつけようとした。遠心力を生かした買い物袋は残念ながら一つは空振ったが、もう一つはヒットした。当てられたほうの男が怯む。

拘束が緩んだすきに逃げ出そうとした私の視界を、何か大きいものが阻む。見ると黒マスクの男だった。いつのまにか運転席から出てきている。

「ひでえなあ。俺たちはあんたが迷ってるみたいだったから、道案内ついでにドライブにでも連れてってあげようとしただけなのに」

そういえば。
引っ越し当初に役所の職員に言われた言葉をぼんやりと反芻する。

――最近この町に越したてで慣れない住民狙いの犯罪多発してるから、気をつけてね。特に奥さん方向音痴でしょ。この街の細かい地図あげようか?

あらわになった凶悪な笑みを伴った相貌を前に、私は顔を青ざめさせるすきもなく意識を失った。

4/7/2025, 9:47:16 AM