「うみの底にはね、まだだれもしらない小さな世界があるんだよ!はるはいつかそこに
行ってみるんだ!」
「そうか。それじゃぁ波流、今度の休み、みんなで海を見に行ってみよう!」
「ほんとに!?やったぁ!たのしみ!」
そう、会話していた記憶がある。
確か俺が5歳になった年の夏。
まだ見ぬ“海”に抱いていた期待は計り知れないものだった。
初めて海を見た時、ただただ大きいって思ったことしか覚えてない。
でもその後何があったか分からないけど、不思議な経験をしたことは覚えている。
父いわく、俺はまっしぐらに海に飛び込んでいたらしい。
息が吸えなくて、波に引かれて、苦しくて、苦しくて、沈んで、沈んで。
沈んで、沈んだ先に俺は見た。
今となっては信じられないような
“海の中の世界”を。
はっ。
目が覚めると、家のベッドにいた。
…またこの夢か。
過呼吸気味で飛び起き、夢だったことに気づく。
背中は汗で濡れてて気持ち悪い。
もう何年も前のことなのに未だにこの夢を見る。
いや、正確には夢じゃない…はず。
確かの俺はこの体で行った…と思う。
今となっては信じがたいし、誰かに話そうもんなら
どう思われるかわからない。
結局溺れてからどう帰ったかは覚えていない。
気づいたら病院にいて、一瞬見えた海の世界以外
何も覚えていなかった。
ブーブーとなったスマホで我に返る。
[おい波流!まさか寝坊じゃないよな?
集合1時間前だけど大丈夫か?]
玲弥からか。
今日は男女2人ずつで海に行く。
海に行くのはあの時以来。
もう長いこと近づいてないけど、なんとなく
これを機に行ってみようと思った。
正直、ちょっと怖い。
でも興味はある。
誰でも経験あるだろ?
怖い映像を見る時、目を隠すけど指の隙間から
見ちゃうみたいな。
あれと同じ感じ。
時間もあんまりなかったから、ざっと準備を済ませて集合場所までバスで向かう。
すでに全員集合してて謝りながら合流する。
「おい波流〜どうしたんだよ?
お前が遅刻なんて珍しいな。なんかあったか?」
「なんにもないよ。大丈夫。」
「ならいいけど…」
「それよりさ、早く行こ。」
「そうだな。よし行くぞ!」
『おー!!』
そして俺らは歩き出した。
あの時と同じ海。
真夏の太陽が痛い中、そんなことも気にならないほど俺は緊張している。
だらだらと流れる汗は、この暑さのせいにしておこう。
「着いた〜!」
「わぁ〜!玲弥!海まで競走ね!」
「よしのった!よーいドンっ!」
「あちゃ〜2人とも行っちゃったね。」
「そうだな。とりあえず、シートひくか。
夏寧、シート持ってる?」
「もちろん!ちょっとまってね〜」
夏寧は俺の幼なじみ。
こいつだけは俺が海で何があったか知ってる。
まぁ信じてるのかはわかわないけど。
いつも通りのメンバーを見て、いくらか正常に戻る
夏寧が海に行くと言うので俺も行くと言ってみた。
無理しない方がいいよと言ってくれるけど
大丈夫と言って波際まで歩いてみる。キラキラと光る水に魅了されていると、楽しげな声が聞こえてくる。
「あっ夏寧たちきた!なつね〜!はいっ!」
「わっ!も〜急に水かけないでよ〜。こっちゃんに
やりかえし!」
「お前らだけずるいぞ〜!おらおら!」
「も〜玲弥やめてよ〜。髪までびちょ濡れじゃん!」
「わりぃわりぃ笑お〜い!波流も来いよ!」
あわよくばこのまま帰れたらと思ったけど、やっぱそうはいかないか。
俺はそろりそろりと慎重に足を進めていく。
あと少しと思った時、波に足を取られ尻もちを着く
そして笑われる。
くそっ。だから海は怖いんだよ。
とは言いつつ、結局最後まで楽しんでしまった
自分が少し悔しく思う。
途中でかき氷を食べたり、貝殻を拾って投げあったり、ビーチバレーをしたり。
また来たいなって思えたのが嬉しかった。
「寒くなってきたし、そろそろ帰るか〜。」
「だね〜。楽しかったぁ〜。」
「あっこっちゃん。見てみて!この貝殻そっくり!」
「ほんとだ〜……」
え、
突然、玲弥が海に向かって走り出した。
「玲弥!?」
「わりぃ!ちょっと待ってろ!すぐ戻る!」
見ると、海に溺れてる小さな男の子。
まだ誰も気づいてないようだった。
あの時のことが目に浮かぶ。
溺れる
そうだ。そうだよ。俺の父さんは俺を助けて
溺れじ死んだ。俺が殺した。俺が殺したんだ。
ダメだ。ダメだダメだダメだ。
行っちゃダメ。行ったら死ぬぞ。
止めなきゃ。玲弥を。
「玲弥ー!!」
今までで1番大きな声だと思う。
心なしかさっきより波が大きく見える。
消して早くはない足が震えて上手く走れない。
待ってくれ。頼む。止まってくれ。生きてくれ。
すでに玲弥は男の子のところに行っていて、持って行った浮き輪を渡して、…ひと際大きな波が来た。
海に喰われる。男の子はこっちに近づいて来たけど
玲弥は、玲弥はどこだ!
琴葉と夏寧が気づいて近づいてくる。
「夏寧!あの男の子を!」
「待って波流!だって波流は海が、」
「うるさい!」
無我夢中で海に飛び込む。
「りょうや、りょう、りょうや!」
波に押されて、飲まれてダメだと思った時、
見つけた。
「玲弥!」
「波流!」
あと少しで手が届きそうな時、また大波がきた。
終わった。俺も海で死ぬんだ。
玲弥は助かるかな。なんで飛び込んだんだろ。
普通に助けを呼べばよかった。
あぁ死ぬんだ。ここで死ぬんだ。
息が吸えない。苦しい。沈む、沈む。
沈んで、沈んで沈んで。
ふと、何かに包まれる感覚がする。
優しげな声が何かを言っている。
あぁこれがお迎えってやつなのかな。
俺はもう死んだのかも。
そこで俺の意識は途切れた。
目を覚ますと、水族館のような青く透き通る世界にいた。
海で死んだから海なのか?
どうしていいかわからずあわあわしていると
ひとりの女性?のような人が現れる。
藍色の長い髪をおろしていて、ドレスのような
服を着ている。
「気がついたのね。波流様」
波流様?
「なんで俺の名前を?」
「そりゃぁ誰でも知ってるわよ。
今この国があるのは、もはや波流様のおかげと言っても過言ではないわ。」
「そ、それはどういうことですか?
多分人違いですよ?」
「いやいや。見間違えるはずがないですよ。
あなたはこの国のヒーローじゃないですか。」
訳が分からない。そもそもここはどこなんだ?
俺は何をしたんだ?そもそもなんで生きてるんだ?
いや、生きてるのか?
「ふふふ。何も分からないというお顔をしていますね。まぁそうだと思います。だって、ここでの記憶はすでに消されていますもの。」
記憶が…消されている?
「あなたは昔ここに来たことがあるのです。
そこであなたは、ここに大きな革命をもたらしたのですよ。」
全く理解ができず、開いた口が閉まらない。
「今のこの生活があるのは、まだ5つほどだった
あなたのおかげなのです。」
5つという言葉に、思い当たる節がある。
1/21/2024, 1:59:07 PM