やわら

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眠れない。
布団に潜り込んで三十分は経っただろうか。
末端冷え性のせいで氷のような足先では全く布団が暖まらず、私はただただ冴えた頭のまま、小さく小さく身体を丸めていた。

確か、あまりに寝付けないときは一度布団を出て仕切り直しをするといいんだっけ。

遠い記憶の片隅からそんな豆知識を引っ張りだして、もぞもぞと布団から這うようにして転がり出る。

これは、誰から聞いたんだっけ。
ああ、そうだ。

お母さんだ。

昔から、あまり寝るのが上手くなかった私はちょうど今みたいに寝付けずに手持ち無沙汰に横になっていることが多かった。そうして隈を作る私を見かねて、母は色々と調べてくれたのだった。

「また眠くなったら入ればいいのよ。」

そうして寝付けずに意味もなく寝返りをうっていた私をお布団から連れ出して、お母さんは何でもないようにそう言うと、温かいマグカップを手渡してくれた。マグカップの中身は、ほんわりと甘い香りの湯気を立たせるホットミルク。

甘党の私に合わせてたっぷり蜂蜜を溶かしてくれたホットミルクが、冷たい身体に染み渡っていったのを思い出す。一口、またひとくちと、温かいホットミルクが喉を滑る度に、じんわりと心も身体も暖まってゆるゆるとまぶたが重くなっていくのだ。

一人暮らしを始めたから、最近はめっきり飲まなくなっていたけれど、思い出したら無性にあの優しい甘さが恋しくなった。

冷蔵庫から牛乳を取り出して、蜂蜜の代わりにお砂糖を大さじ一杯掬い入れる。鍋で煮立たせても良いけれど、今日はレンジで温めるだけの簡易版だ。

「ふう……。」

懐かしの味とは少し違うけど、久々のそれはやっぱり甘くて温かくて、お腹の底から熱が広がっていく心地のいい感覚に、ゆっくり息をついた。

次に帰省したら、今度は私が作ってあげようかな。
寒いから、生姜を少し入れてもいいかもしれない。

緩やかに訪れる眠気の中、私はそんなことを考えながら、また一口。懐かしのホットミルクを堪能するのだった。

『眠りにつく前に』

11/2/2024, 4:49:11 PM