【同情】
学校という社会集団の中には、とある過酷な環境で育った子供も存在する。
私はその子と友達だ。
仮にB子と名付けよう。
私とB子は2年の3学期くらいに仲良くなり、クラスメイト以上親友未満くらいだ。
たくさん、B子と話をした事がある。
私はリアルな話が好きだ。
呼んでる小説も、ホラー、実話、不倫、etc、、
リアリティある話が大好き。
だから、、B子のことも好きだ。
B子は中々複雑な家庭で育ったらしく、第一に母親と父親が離婚している。
そして父親の元で暮らしていたが、その父親も問題だった。
直接的な暴力はなかったものの、B子の財布からお金を無断で抜き取ったり、何もしないで全部B子に丸投げしたり。
私はその話をB子から聞いた時、ものすごく気分が高揚した。
それを求めていた。
その話のリアルさ、人の思考。
とても興味深く、普通の人生を歩んでいる私にとって大きな刺激だった。
私に同情という感情はなかった。
ただ存在してたのは、『楽しい』や、『こんなすごい話を聞いてしまった』などのまるで王道アニメを見た後の様な、そんな高揚感。
全く、『可哀想』や、『私がその立場だったら、、』などの感情は湧いてこなかった。
これは私がおかしいのだろうか。
誰でも、自分に関係がなければ『面白い』などという無責任な感情が湧いてくるのではなかろうか。
同情という言葉は、本当の善人が持っている。
表面上で『それは嫌だね、、』『えー、、大変だったね、、』などと言って、心の中では良い話を聞けた。この人と友達でよかった。
そんな気持ちが渦巻いている。
これからも私とB子は友達でいる。
リアルな話をこれからもB子から聞いて、私自身の高揚感を満たそうと思う。
同情は感じない。
だって、、私はクズだから。
これからも友達でいようね。B子。
2/20/2024, 10:22:23 AM