白浅凪エツ

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【一つだけ】

 放課後の中庭。
 この時間になると、学校には部活や委員会で残る人くらいで、校舎の真ん中で薄暗いこの場所に人はいない。
 静かな空間で、創立当時からあるとされる大きな木の下で本を読むのが、私の密かな楽しみだ。
 そんな時間も最近、侵食されつつある。
「ドーナツ買ってきたんだ」
 ニコニコ笑顔でドーナツの紙袋を抱えた彼女である。
 紙袋の中には、5種類のドーナツが詰められていた。
 教室でもやたらつきまとう彼女だが、2日前、うっかりここに来るところを見られてしまった。昨日までは来なかったから、大丈夫だと安心していた自分が甘さを恨む。
 その上、
「どれがいい?」
と、きたものだ。
 小さな口でイチゴドーナツをかじる彼女は、私が一緒にドーナツを食べるものと信じている。
「じゃあ一つだけね。好きなもの出して」
 いつも通り、少し譲歩して、私はあしらうことにする。
「一つだけね。はい、あーん」
 言いながら彼女はドーナツを差し出す。
 ドーナツを一つ貰うだけで何も損はしない。
 本に目を落としたまま、黙って私は口を開ける。
 ぱく。口いっぱいに、砂糖の甘みと、甘酸っぱいイチゴ味が広がる。不本意だが、久々にドーナツを口にして、私の口は幸せに喜んだ。
 ん?イチゴ味…? 
「あんたこれまさか!?」
「えへへ、美味しかった? "私の"イチゴ味」
 イチゴドーナツには、二人分の歯型が、重なるようについていた。
 またしてやられた。
 気持ち悪い。そう思ったはずなのに。
 口の中に残った甘さが、やけに消えなかった。
 私は本を閉じると、もう一口だけ齧った。

4/3/2026, 2:20:16 PM